コラム

1982年「サブラ・シャティーラの虐殺」、今も国際社会の無策を問い続ける

2016年09月22日(木)07時37分

Ali Jarekji-REUTERS

<レバノン・ベイルートのパレスチナ難民キャンプで起こった大規模な虐殺から34年がたった。犠牲者数は数百人~3000人台。イスラエル軍は間接的な責任しか問われず、遺族は今も「罪を問うことをやめない」と誓う。市民の保護に無力で、無策だった国際社会の対応を浮き彫りにする事件だが、中東では今も同様の悲劇が続いている> (写真は1982年の「サブラ・シャティーラの虐殺」現場)

 9月16日に、レバノンの首都ベイルート南郊のシャティーラにあるパレスチナ難民キャンプを訪れた。34年前の1982年のこの日、シャティーラと隣接するサブラ難民キャンプで虐殺が始まり、18日までの3日間、両難民キャンプで続いた。「サブラ・シャティーラの虐殺」である。キャンプの近くの地区会館で34周年の記念行事があり、当時、犠牲者が集団で埋葬された墓地まで行進があった。

 記念行事の中でシャヒーラ・アブルテイナさん(58)が、遺族を代表して「私たちは決して虐殺のことを忘れることはないし、虐殺を行った者たちの罪を問うことをやめもしない」とスピーチをした。

 虐殺は、イスラエル軍のレバノン侵攻とベイルート包囲によってパレスチナ解放機構(PLO)の戦士がベイルートから退去した後、親イスラエルのキリスト教右派民兵がキャンプ地域に入り実行した。犠牲者数は数百人台から3000人台まで、様々な説がある。死者数が確定されないのは、多くの大規模虐殺事件に共通することである。犠牲者が家族ごと死んで集団で埋葬されたり、行方不明のまま死亡が確認されなかったりする例が多いためだろう。

【参考記事】クルーニー夫妻、虐殺でISISを告発。「覚悟はできている」

 私は、遺族代表でスピーチをしたシャヒーラさんを8年ほど前にインタビューしたことがあり、今回もあらためて話を聞く機会を持った。虐殺で、父親と夫、弟、妹、甥の5人を殺された。

 虐殺は9月16日夜にシャティーラキャンプの西端を南北に走るサブラ通りで始まった。シャヒーラさんの家はサブラ通りから7メートルほど中に入ったところにある。空に曳光弾が撃たれて明るくなり、銃撃音が聞こえた。家には16人が固まっていた。夜遅く、17歳の妹が「外を見てくる」と言って通りに出た。しばらくして、「助けて」という悲鳴が聞こえ、65歳の父親が出て、そのまま2人とも帰らなかった。外で虐殺が起きていることは疑いなかった。この時、シャヒーラさんは半月前に生まれた3男を抱え、2人の息子と、1人の娘の4人の子供と一緒にいた。弟夫妻、甥夫妻やその子供など残った14人の家族はまんじりともせず、朝を迎えた。

 午前5時ごろ、10数人の民兵が家に入ってきて、家族を外に引き出した。夫や弟、甥を家の前の壁に並べて、自動小銃を掃射し、崩れ落ちたところを、ナイフやバルタと呼ばれる手斧を持った民兵が襲い掛かって、とどめを刺した。惨劇は、シャヒーラさんら女性たちの目の前で行われた。シャヒーラさんらはそのままキャンプの外に連れて行かれた。通りに出たところに、父親と妹の遺体があった。

 サブラ通りは遺体で埋まっていた。腹を切り裂かれた女性の遺体もあったという。女性も子供も無差別に殺された。虐殺直後に現場で撮影された写真の中には、殺された子供たちの写真もある。子供とともに助かったシャヒーラさんはむしろ例外的である。

 シャヒーラさんは「34年たったいまでも、目の前で夫や弟を殺されたことや、通りの恐ろしい光景は鮮やかに覚えている。決して忘れることはない」と語る。父と夫を失って、幼い4人の子供を育てるのは、並大抵の苦労ではなかった。生後15日だった3男のマーヒルさんは、小学校2年でドロップアウトして、オートバイ修理の使い走りで働き、家計を助けた。いま、マーヒルさんは虐殺があったサブラ通りに面してオートバイ修理の店を構えるまでになった。彼の前向きなバイタリティは、家族の支えである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求 ハマスは

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story