コラム

空虚な言葉だけが飛び交った、自覚なきトランプの中東歴訪

2017年05月30日(火)11時08分

5月23日にヨルダン川西岸のベツレヘムで会談を行ったトランプ米大統領とアッバス・パレスチナ自治政府議長 Jonathan Ernst-REUTERS

<イスラエルとパレスチナを訪問し、中東和平実現を約束したトランプ米大統領だったが、まるで観光旅行のノリだった。そしてその裏では、パレスチナ人政治犯のハンストやハマスの戦術転換など新たな闘争が始まる予感が広がっている>

トランプ大統領の中東訪問が終わった。イスラエルとパレスチナを訪れ、中東和平合意という「究極の取引」実現を約束したが、3年前から止まっている両者の和平交渉再開の具体的な提案はなく、空虚な言葉だけが飛び交った。米大統領がイスラエルとパレスチナを訪問するということの重大性を考えれば、中身のない訪問である。

トランプ大統領はネタニヤフ首相に対しては「米国とイスラエルの断ち切ることのできない友情の絆を再確認した」と語り、「我々は友人以上であり、我々は同盟国である」と特別な関係を強調した。

一方、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムでアッバス議長と会談し、トランプ大統領は「私はイスラエルとパレスチナの間の和平合意を達成するために力を注ぐつもりであり、目標を達成するために出来ることは何でもするつもりだ」と語った。アッバス議長は満面の笑みでトランプ大統領を迎え、「イスラエルとの間の歴史的な和平合意を生むためにともに協力しよう」と楽観論を語った。

トランプ大統領はイスラエルでもパレスチナでも、イスラエルとパレスチナが二つの国家として平和に共存するという中東和平の基本を確認することもしなかった。

話題となったのは、エルサレムのユダヤ教聖地「嘆きの壁」を米国の現職大統領として初めて訪れたということだ。しかし、米大統領としてメディア向けに写真を撮らせる「フォト・オポチュニティ」だけのためのイスラエル・パレスチナ訪問というしかない。

【参考記事】イスラエル人からトランプに託す究極の「ディール」
【参考記事】トランプのエルサレム訪問に恐れおののくイスラエル

ブッシュもオバマも覚悟はあったが実現できなかった

米大統領のイスラエル・パレスチナ訪問の重みは、バラク・オバマ、ジョージ・W・ブッシュ両大統領の場合も明らかである。

2009年に就任したオバマ前大統領が初めてイスラエル・パレスチナを訪問するのは第2期の初めの2013年春であり、2001年に就任したブッシュ元大統領が訪問するのは2期目の最後の年となる2008年5月である。2人の大統領は米国の対外政策の方向性は全く異なるが、いずれも自分の任期中にイスラエル・パレスチナ問題の解決に向けて何らかの歴史的な合意を達成しようとした。

ブッシュ元大統領の第1期(2001~2004年)は9.11米同時多発テロからアフガニスタン戦争、イラク戦争と、中東和平どころではなかったが、2007年11月、米国のメリーランド州アナポリスで中東和平会議を開催し、イスラエルのオルメルト首相(当時)、パレスチナ自治政府のアッバス議長の協議の他に、世界の主要国やアラブ各国など49カ国の外相を招待した。そのような和平仲介の努力を受けて、半年後のイスラエル・パレスチナ訪問となった。

ブッシュ元大統領はイスラエル・パレスチナ訪問の時、オルメルト首相、アッバス議長と会談した後に行ったスピーチで次のように述べた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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