コラム

戦慄の経済小説『トヨトミの野望』が暗示する自動車メーカーの近未来

2016年11月22日(火)14時40分

Toru Hanai-REUTERS

<トヨタをモデルにした小説『トヨトミの野望』が話題になっている。折しも米カリフォルニア州で「プリウス」などハイブリッド車がエコカー対象から外れ、トヨタは電気自動車の量産化を目指す方針を決定。自動運転時代が近づくなか、日本の自動車メーカーは今後どうなるのか>

 巨大自動車メーカーというタブーに挑戦した経済小説『トヨトミの野望 小説・巨大自動車企業』(講談社)が関係者の間で大きな話題となっている。経営権をめぐる創業家とサラリーマン社長の争いや、自動車業界の近未来を描いたこの小説の著者は、覆面作家で現役のジャーナリストでもある梶山三郎氏。梶山氏は、このままでは日本の自動車メーカーは世界との競争に勝てなくなると危惧しており、現状を世間に伝える手段として小説という形を選んだという。

 実際、この小説が出版されてから、自動車業界は梶山氏が予見した通りの展開を見せている。トヨタを初めとする日本の自動車メーカーは、今後、大きな決断を迫られることになるかもしれない。

非創業家出身の経営者で業績を伸ばしたが......

『トヨトミの野望』は、愛知県に本社を構える、架空の自動車メーカーを舞台にした経済小説である。梶山氏は完全にフィクションであると述べているが、あえて説明するまでもなく、この小説はトヨタ自動車をモデルにしたものだ。登場人物についても、その人物像や経歴などが実在の人物によく似ており、同社をかなり意識していることが分かる。

 トヨトミは、創業家の関係者が代々トップに就任してきたが、ある時期から、有能なサラリーマン経営者がトップに就任。一気に国際化を進め、世界一の自動車メーカーに成長した。世間では、創業家の後継者にバトンタッチするまでの準備期間であり、いずれ「大政奉還」が行われると考えていた。実際、後に大政奉還は行われ、創業家出身の若手社長が就任することになるのだが、有能なサラリーマン経営者は、創業以来続くトヨトミ家の支配を終わらせ、トヨトミを開かれた会社にするために画策する。やがて、トップを引き継いだ創業家出身の社長は、会社の未来を見据えたある重大な決断を行うという流れで小説はクライマックスを迎える。

 トヨタ自動車は、この小説で描かれているように、長年、創業家が経営をグリップしてきた。そんなトヨタの大きな転機となったのは、創業家出身ではない奥田碩氏のトップ就任(1995年社長、1999年会長)である。

 当時のトヨタは、世界屈指の企業であることは誰もが認めていたが、内向きな社風で、真のグローバル企業とは言えなかった。三河モンロー主義(孤立主義を唱えた米国の第5代モンロー大統領に引っかけた言葉)とも揶揄されたトヨタを世界経済の主役にまで引き上げたのは、まさに奥田氏の功績といってよいだろう。

 奥田氏が敷いたグローバル路線は彼の退任後もうまく機能し、トヨタの業績は順調に拡大。名実共に世界一の自動車メーカーとなった。だが、そんなトヨタにもリーマンショックという危機が襲いかかり、業績は一時的に低迷する。このタイミングで満を持してトップに就任したのが、創業家出身の現社長である豊田章男氏である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story