コラム

美しいビーチに半裸の美女、「中国のハワイ」にまだ足りないもの

2016年11月23日(水)06時58分

拝金主義では一流サービスは育たない

 美しい自然と完璧なレジャー施設、それにカジノまで揃えば海南省は無敵の観光地となるのではないか。最初はそう思ったのだが、滞在するうちに弱点も見えてきた。ハードウェアは一流でもサービスは三流なのだ。サービスを支えるのは人間であり、人間の質を決めるのは教育だ。設備は輸入できても教育レベルは一朝一夕で変えることはできない。

【参考記事】教育論議から考える、日本のすばらしいサービスを中国が真似できない理由

 今回の旅でも痛感する出来事があった。三亜市ではいたるところにハイビスカスが植えられ、南国ムードを盛り上げている。写真が趣味の私も撮影でおおいに楽しませてもらった。ただハイビスカスを中国語でどう呼ぶのかがわからない。そこでホテルの従業員に聞いてみたが「知らない」との答え。町中に咲き乱れているというのに、だ。高学歴の大学生ならわかるだろうと、EOの講演会場にいたボランティアに聞いてみたがやはり知らなかった。

 教育とは何も机の前で勉強することだけではない。常日ごろ目にしている草花について興味を持ち、どんな植物か調べたり人に聞いたりしようという好奇心を持つことも、教育の大事な要素だ。教科書の暗記に優れていたとしても、好奇心がゼロのままでは使い物にならないではないか。

 中国には「向銭看」という言葉がある。「向前看」(前を見る)の懸け詞になっていて、「金だけを見る」、すなわち拝金主義を意味している。中国社会の風潮を示す言葉だ。その傾向は年々強まるばかり。金になることならば勉強するが、それ以外のことには好奇心を持とうともしない。こんな姿勢では一流のサービスを育てることは難しい。

 ある知人にこの話を紹介したところ、彼は深く同意してこんな話を教えてくれた。

 中国でホテルに泊まっていた時のこと。夜中に突然ドアをノックされた。扉を開けてみると、2人の女性が立っている。「マッサージを呼んだでしょ」というが、そんな記憶はない。「間違いだったみたい。でもせっかくだからよかったらマッサージをしませんか?」と交渉してきた。マッサージ料金は600元(約9600円)。ただし1000元を支払えば性的なサービスがあるという。呼ばれてもいないのに押しかけてくる強引な売り込みだが、ついついスケベ心を出して片方の女性を選び、部屋に入れてしまった。

 ところが、いざことに及ぼうとしたところ、その女性はとんでもないことを言い出した。「性的サービスは約束したが、体を触る契約はしていない。触るなら追加で500元を支払え。さもなくば体に触ることなく挿入しろ」というのだ。体に触れずに挿入とは、とんちでもひねり出さないかぎりとても不可能な話だ。「そんなの不可能だ!」と怒った知人に対し、「じゃあ胸だけは触ってもいい。他の場所を触るならば追加料金」と女性。

 あまりにもご無体な要求に知人はげんなり。なにかする気も失せてしまったので、女性を部屋から追い出したという。ちなみに1000元は前金で支払っていたのでまるまる損となった。違法なマッサージに手を出したのだから自業自得といったところか。

「体に触れずに挿入せよ」という摩訶不思議なシチュエーションについつい笑ってしまったが、中国社会の「向銭看」ムードを象徴的に示すエピソードではないだろうか。契約の穴をついて少しでも多くの利益を得ようとするが、そのためには相手を不快にさせても気にしない。こんな無法なことをやればその客との取引は二度とないだろうが、一期一会の焼き畑農業で十分だという三流サービスの考え方だ。

 マッサージ嬢だけではなく、中国人の多くが同じような思考回路を持っている。最高の体験を提供してリピーター客を作るのが一流のサービス。それを理解できるようになるにはまだまだ長い時間が必要だろう。

【参考記事】いま中国の企業家や投資家が知りたい3つのこと

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月住宅建設業者指数45に低下、1月以来の低水準

ビジネス

米企業在庫、3月は0.1%減 市場予想に一致

ワールド

シンガポール、20年ぶりに新首相就任 

ワールド

米、ウクライナに20億ドルの追加軍事支援 防衛事業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story