コラム

じっくり音楽と向き合いたい大人のためのハイレゾ・オーディオ

2017年11月24日(金)13時00分

<当代きってのマスタリング・ミキシング・エンジニアや音楽評論家による調整や監修によって作られた作品集がある>

iPodに代表されるポータブルミュージックプレーヤーや、アルバム曲でも1曲単位で購入できる配信サービスの登場により、音楽の質や在り方は大きく変化してきた。

元々、日本ではビジネスモデルの違いからか、シングル先行の傾向が見られ、ヒットシングルを数曲集めてベストアルバム的なものを作るケースが多かった。だが、本来、アーティストたちにとっては、あるコンセプトに基づいてアルバムを制作し、その中から象徴的な曲や人気を集めそうな曲をシングルにするというのが王道的な流れだった。「シングルカット」という言葉の由来も、そこからきている。

ところが、アルバム内の任意の曲をバラバラに購入できてしまうと、ある意味で、アルバム自体が持つコンセプトは崩壊する。このため、デジタル配信が始まった当初は、アルバムごと購入しないとダウンロードできない曲を設けているアーティストもそれなりに居たのだが、その頃に比べると、今はそういう縛りは少なくなっている。

一方で、聴き放題の購読サービスは、(料金的な負担は変わらないため)逆にアルバムを通して聴くスタイルを増やしている面もありそうだが、アルバムや曲に思い入れを持って購入するという行為がないため、すべての曲がBGM的に消費される傾向が生まれているように感じる。

結果として、そういう消費動向に合わせて量産される楽曲も増え、こだわりのある音楽ファンは物足りなく感じていたのである。

高音質のデジタル音源でも、そのままデジタル化すれば済むものではない

しばらく前から耳にするようになった「ハイレゾ・オーディオ」は、こうした風潮に対するアンチテーゼ的な存在で、デジタル配信はもちろん、CDの音質でも物足りないコアなリスナーを満足させるために生まれた動きだ。

そもそもCDの音質は、開発当時の技術で、ディスク1枚にベートーベンの第九などのほとんどのクラシック音楽の1曲分やオペラの1幕分を丸ごと収められる、74分という収録時間から割り出して決められたところがあった。したがって、原音から見て、CDには記録されない音の領域が存在するのだ。

これに対して、現在の電子機器は、そうした制約なしに音質を追求でき、それを処理する能力もある。そこで、もう一度、じっくり聴ける音楽の復権を目指し、CDの約6.5倍の音の情報量(192kHz/24bit記録の場合)によって、音の繊細さや奥行き、表現力などをリスナーに感じてもらおうというのが、ハイレゾ・オーディオなのである。

冒頭で触れた昨今の音楽作りの在り方が、すべての新曲に当てはまるものではないとしても、この観点からハイレゾ・オーディオでぜひ聴きたい(あるいは、聴き直したい)のは、かつてのスタンダードナンバーや名曲ということになる。

ところが、ここでもう1つ厄介なのは、元の演奏やボーカル自体は空気を振動させて生じるアナログ的なものなので、高音質のデジタル音源だからといって、そのままデジタル化すれば済むものではないという点だ。

レコードの時代にも、CDの時代にも、実際にはメディアに合わせてマスターテープの音を調整する専門のエンジニアがおり、ちょうど画家や写真家が自身の作品集の印刷結果の色校確認に立ち会うように、本物の音楽アーティストたちは、その調整作業にも同席することが当たり前だった。

今では、一部でアナログレコードも復活の兆しを見せているが、往年のエンジニアたちのノウハウは失われつつあり、新録音に関しては昔ほどの詰めができていないのが実情ともいわれている。

きちんとハイレゾ用に調整されているか

そんな中で、同じハイレゾ・オーディオでも重要なのは、オリジナルの音源がしっかりしていることはもちろんだが、今まで割愛されていた音の領域まで含めて、きちんとハイレゾ用に調整されているかという点と、コンピレーション的な(つまり、元のアルバム収録時のコンセプトから離れて、別の音楽史的な文脈をテーマにしたような)作品集の場合にはきちんとした専門家によるキュレーションがなされているかということになる。

その意味で注目されるのは、そうした定評ある楽曲を揃えて、当代きってのマスタリング・ミキシング・エンジニアや音楽評論家による調整や監修によって作られ、モノ感のあるUSBメモリの形でパッケージ販売されている、ジャズ、ソウル、ブルーズのハイレゾ作品集、OntheROAD(プロデュース、販売:ハイブリンクス)だろう。

クロスプラットフォームの無料アプリであるVLCメディアプレーヤーなどを使えば、MacでもWindowsでも再生可能だが、高品位なスピーカーを外付けして再生しないと、その真価は味わえないかもしれない。しかし、再び、音楽と向き合うことを考えている大人にとっては、そこまでして聴く価値のある製品だと感じている。

HiRez_1.jpg

プロフィール

大谷和利

テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー、NPO法人MOSA副会長。アップル、テクノロジー、デザイン、自転車などを中心に執筆活動を行い、商品開発のコンサルティングも手がける。近著に「成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか」(現代ビジネスブック)「ICTことば辞典:250の重要キーワード」(共著・三省堂)、「東京モノ作りスペース巡り」(共著・カラーズ)。監修書に「ビジュアルシフト」(宣伝会議)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テスラ、ドイツで派遣社員300人の契約終了 再雇用

ビジネス

円債残高を積み増し、ヘッジ外債は縮小継続へ=太陽生

ワールド

中国とインドネシア、地域の平和と安定維持望む=王毅

ビジネス

ユーロ圏経常収支、2月は調整後で黒字縮小 貿易黒字
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 5

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 6

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 7

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 8

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story