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置き去りにされた被災者家族の願い

VICTIMS OF APATHY

Photographs by YUKI IWANAMI

置き去りにされた被災者家族の願い

VICTIMS OF APATHY

Photographs by YUKI IWANAMI

海岸で汐凪ちゃんを捜し歩く木村さん。 震災2カ月後の自衛隊によるもの以降、公的に大規模な捜索が行われることはなかった(14年12月)

2011年の東日本大震災と福島第一原発事故で、福島県大熊町から長野県白馬村に避難している木村紀夫さんから電話を受けたのは、昨年12月9日のこと。「瓦礫の山で見つかったマフラーの中から、首の骨らしきものが出てきたって連絡があった。汐凪(ゆうな)のものかもしれない」

翌日、木村さんと一緒に大熊町に入った。マフラーを見た木村さんは、それが5年9カ月間捜し続けた次女のものと確信していた。そして同月下旬、DNA鑑定で骨は汐凪ちゃん本人のものだと判明した――。

木村さんは津波で父と妻、そして汐凪ちゃん(当時7歳)を奪われた。震災当日は徹夜で行方不明の家族を捜したが、翌朝には原発事故で避難指示が出る。無事だった母と長女を岡山県の妻の実家に送り届けてすぐに福島に戻ったが、既に放射性物質に汚染された自分の町に入ることはできなくなっていた。

父と妻の遺体はその年の6月までに見つかった。木村さんはその後、住民の一時帰宅制度を使って大熊町に通い、協力してくれる仲間と共に汐凪ちゃんを捜すために瓦礫の山を掘り続けた。震災の翌々月、自衛隊が約2週間の捜索をしたときに集めたものだ。

手掛かりは見つかっていた。1年ほど前、汐凪ちゃんの体操着が出てきた。「1年2組きむらゆうな」と胸に大きく妻が書いた文字を見た木村さんは、心底うれしそうな表情をしていた。

だが、福島第一原発がある大熊町の大半は帰還困難区域に指定され、立ち入りが制限されている。汐凪ちゃんを捜せるのは一時帰宅制度を使った限られた日数だけ。人力での捜索は気が遠くなる作業だった。

■少数に「犠牲」を押し付け

震災後、現地を取材するなかで私の心に強烈に残ったのは、わが子を捜し歩く親たちの姿だ。特に福島の人々の前には震災直後から、生きているかもしれない人や行方不明の家族を原発事故のせいで満足に捜せないという問題が立ちはだかってきた。その一方で、国や東京電力は事故後も原発は必要との姿勢を続け、社会もそれを許してきた。

人の手で、人の命がないがしろにされている。震災で人々の心に命の大切さが刻み込まれたはずなのに、世間は命を奪われた家族を捜す彼らから目を背け、関心を失っていった。私が木村さんに初めて会った14年から彼を取材し続けてきたのは、そうした現実を伝えなければならないと感じたからだ。

捜し続けた汐凪ちゃんが出てきてくれた日、木村さんに笑顔はなかった。「あんなにバラバラにされて、6年近くも置き去りにされていたと考えるだけでやり切れない。いっそ海に行ってしまっていたほうがよかったのかもしれない」と、木村さんは海のかなたを見つめて言った。

木村さんは大熊町で「娘を身近に感じる」ことを大切にしていた。だから体操着を見つけたときはうれしかったのだろう。しかしバラバラの骨が、ずっと野ざらしの瓦礫に埋もれていた現実を目にして、何よりも怒りが湧いたのではないだろうか。

私たちは、娘を捜すという小さな願いすら満足に聞き入れられなかった木村さんのような「少数」に犠牲を押し付け、それを見て見ぬふりをして豊かさを得る暮らしを続けている問題を、真剣に考えなければならないと思う。震災を経験し、誰もが「少数」になり得る現実を目の当たりにしたのだから。

汐凪ちゃんが発見されたのは、除染廃棄物の中間貯蔵施設をこの場所に整備する目的で、公的な瓦礫撤去が始まってからたった1カ月後のことだった。

撮影:岩波友紀
1977年長野県生まれのフォトジャーナリスト。福島市在住。日本の全国紙のスタッフ・フォトグラファーを経て、現在はフリーとして東日本大震災と福島第一原発事故の取材も続ける。近著に写真集『1500日 震災からの日々』(新日本出版社刊)

Photographs by Yuki Iwanami

<2017年1月31日号掲載>


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