コラム

南シナ海問題で憤る共産党の本当の敵は誰なのか

2016年07月17日(日)09時00分

<南シナ海を領海とする中国の主張を否定した仲裁裁判所の判断に中国政府は強硬に反発。しかし奇妙なことに各部門は国内向けの「戦時状態」に入ったことを通知した。共産党政府が本当に恐れているのは、愛国主義の熱にうなされた国民の抑制がきかなくなることなのだ>

 2016年7月12日、国際仲裁法廷が裁定結果を公表した。5人の仲裁員は全員一致で国連海洋法条約上、「九段線」の「歴史的な権利」に基づく中国の南シナ海の天然資源に対する権利は認められないと結論づけた。裁判所はまた中国の南シナ海における埋め立て工事が環境に取り返しのつかない損失を与えたとも判断。中国政府に南シナ海における行動を停止するよう求めた。

 南シナ海問題は一時的に中国社会で最も注目される話題になった。共産党政府は裁定が出る前から強硬な態度を示し、7月5日から11日の間、海南島の南方にある西沙諸島付近で軍事演習を実施。12日に裁定が出ると、共産党政府はすぐ全力で「宣伝マシン」を動かして準備していた材料を全面的にばらまいた。人民日報が公表した強硬な「4つの『しない』宣言(裁判に参加しない、結果を受け入れない、認めない、実行しない)」がその代表だ。

 中国全土のネットユーザーはこれに熱く応えた。彼らは共通の敵に対して憤り、濃厚な愛国主義的気分はここ数年で最高レベルに達した。政府による軍事演習と民間のかつてなく熱い好戦的な雰囲気を見て、多くのアナリストは中国とアメリカが南シナ海で開戦するのではないか、と心配した。

 一方、共産党政府の対応はかなり奇異だった。裁定公表前の7月11日、北京市政府の緊急対応室は天安門管理委員会を含む全市の各部門に通知を出し、7月12日午前8時から17日深夜24時まで、各部門の緊急対応室が「戦時状態」に入ることを要求。情報収集の強化に加え、影響の大きい突発事件が発生したらすぐ上級レベルに報告するよう求めた。このことは共産党政府は表面上、外国に向けて強硬な態度を示したが、実際には国内に向けて「戦時状態」に入ったことを示している。

 共産党政府は建国以来、民族主義的感情を利用して民衆に対しメディアと教育を通じて愛国主義を洗脳してきた。今回の南シナ海問題における世論への働き掛けは大規模で、政府系メディアの宣伝と、民間の言論が互いにぶつかり合いながら連動。ネットは上から下まで熱狂的な好戦的気分にあふれた。

 この種の愛国主義教育によって、しばらくの間は国民の注目を国内矛盾からそらし、国民の求心力と愛国の情熱を高めることができるかのように思える。しかし、このような感情は両刃の刀だ。共産党政府にとってもかなり危険で、彼らの統治に害が及ぶ可能性が高い。最近の南シナ海問題に対する反応から見て、中国の民間における愛国主義はすでに愛国テロリズムの域に向かっており、多くの人が地域の安全上の危機を誘発するのではないかと懸念している。

 その実、共産党政府は南シナ海問題に対して虚勢を張ってはいるものの、北京が「戦時状態」に入ったことは彼らが本当に何を怖れているのかをよく説明している。共産党政府の敵はどの外国でもなく、自分の国民なのだ。共産党の核心的利益はメディア上で繰り返し強調する「わずかな土地も失うことはできない」ことでなく、国民――彼らは愛国主義感情の熱で頭をうかされている――を引き続き統治して搾取することなのだ。当然、愛国主義の熱狂は国民の身を焼き焦がす恐れがある。

 これが北京が「戦時状態」に入ったことの本当の意味だ。

《次ページに中国語原文》

プロフィール

辣椒(ラージャオ、王立銘)

風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英、2030年までに国防費GDP比2.5%達成=首

ワールド

米、ウクライナに10億ドルの追加支援 緊急予算案成

ワールド

ロシア夏季攻勢、予想外の場所になる可能性も=ウクラ

ビジネス

米テスラ、テキサス州の工場で従業員2688人を一時
今、あなたにオススメ
>
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story