コラム

ボーイング787の初期不良、日本の部品が原因というのは「濡れ衣」ではないのか?

2013年01月18日(金)12時47分

 ボストンのローガン空港でのJAL機の2日連続でのトラブル、そして16日に高松に緊急着陸したANA機のトラブルと、ここへ来てボーイング787「ドリームライナー」はトラブルが続いています。一連の問題に関しては、その多くが電池からの発火であることもあって、日本製の電池に問題があるような報道がされています。

 ですが、私はそうではないと考えます。

 私は航空機の専門家ではありませんが、電気自動車やハイブリッド車に関わる電池の技術については、ここ数年ずいぶんと勉強して来ています。以下は、そうした私の理解をベースにした私見です。また、仮に新しい事実が明らかになり、訂正が必要になった場合は速やかに対応する予定です。

 まず発火したJAL機の電池、そして同じく発火して高松に緊急着陸したANA機の操縦席床下に供えられていた電池は、報道によれば、いずれもGSユアサ製のようです。この「リチウムイオン電池」に関しては、90年代にノート型コンピューター用に作られたものが発火するトラブルを起こすなど、発熱や発火の問題が知られています。

 ですが、2000年代に入って、特に電気自動車用の「大規模で高効率」の電池として実用化しようという動きの中で、この種類の電池の安全性は飛躍的に向上しています。それは、正に日進月歩と言っていいと思います。

 電池というのは大雑把に言えば「化学物質を充填して不安定にしてある」ものです。不安定だから、エネルギーを吐き出して安定した状態になろうというわけで、そのために電池からは電気が取り出せるのです。特に、この「リチウムイオン電池」のように、充電が可能なタイプでは、「電池がカラ、つまり化学的に安定した」状態から「電気が取り出せる、つまり不安定な」状態に持っていく場合、要するに「充電中」が一番危険であるわけです。

 特に、充電中に異常な電圧がかかるというのはタブーですし、温度や圧力の問題も関係してきます。そこで、充電中の電圧を安定させるために、電池の内部に電子回路による安全装置を設けたり、温度センサーなどを埋め込んで安全性を向上させる、そうした技術はここ10年の間に本当に飛躍的に進歩しています。GSユアサは、そうした安全性の技術において、世界最先端の企業であることは間違いありません。

 さて、今回の「787」ですが、GSユアサは一部品メーカーとしてボーイングに電池を納入しているわけではありません。その間には、フランスのタレス社(Thales Group)という企業が介在しています。電池と航空機電源のマネジメントをするソフトウェアなどのシステムは、このタレス社製です。中には、このタレス社のソフトの欠陥を疑う声もあるようですが、参考までに申し上げておけば、タレス社というのはフランスの宇宙航空・防衛に関するハイテク技術を扱う国策会社で、フランス政府が筆頭株主、年商は2兆円弱あり従業員も7万人近くあります。

 航空機に関するハードとソフトに関しては、各国が厳しい品質基準を持っており、民生用には民生用の、軍事用には軍事用の厳格な品質管理がされています。少なくとも、タレス社というのは民生用ではエアバスの、そして軍事用ではダッソー社(仏)のミラージュや最新鋭のラファール戦闘機などに使われる高度な電子システムのノウハウを持った企業と言えるでしょう。

 では、仮にGSユアサの電池にも、タレス社の電源管理システムにも問題がなかったのならば、故障の原因は何なのでしょうか? 私は「ボーイングによる最終組立における、配線のミス」である可能性が高いと考えます。

 まず、ローガン空港での故障ですが、燃料漏れ(1)に関しては「非常事態において燃料を捨てる弁が誤って開き、しかもコクピットの表示には現れなかった」というのは、電子制御における「配線ミス」である可能性が濃厚です。また、1月8日に『ウォール・ストリート・ジャーナル』(電子版)が伝えたところでは、既に機材を受領して運行を開始していた米ユナイテッド航空の787では「配線ミス」(2)が見つかっているのです。

 では、ローガン空港での後部非常用電源の発火(3)と、高松に緊急着陸(4)した機の問題ですが、いずれも「充電しようとしたら過大な電圧がかかったか、あるいは充電中にショートした」可能性が考えられます。前者は、着陸して補助エンジン(APU)で発電を開始した時点で発火していますし、後者は離陸後にエンジンの回転数が上がって発電機からメインバッテリーに電気が供給された時点で発火に至っているからです。

 これも、電池の品質の問題や電源管理システムのエラーというよりも、配線ミスである可能性が疑われます。というのは、GSユアサの電池は高度な自己診断機能と異常充電遮断機能を持っていることと おそらくそれとタレス社のソフトは連動して動いていたと考えられるのですが、それでも発火したという「想定外の異常」が起きた理由としては、配線ミスの可能性が一番考えやすいからです。更に言えば、(1)と(2)の故障、(3)と(4)の故障に共通した問題があるとしたら、やはり(2)の配線ミスが非常に疑わしいわけです。

 787に関しては、最終仕様が米国政府の認定を受けるまで、2年近い遅延がありました。(実はこの間にも電源管理の失敗で深刻な発火事故を起こしています)そのために、量産体制に入ってからは、シアトル郊外エベレットの本社工場だけでなく、サウスカロライナ州ノースチャールストンの第2工場でも並行して最終組立が行われています。

 仕様が固まって、生産工程が標準化されたから複数のラインでの生産をしているのでしょうが、航空機の電装系の配線というのはどうしても「手作業」になります。勿論、結線ミスをしないように、各ワイヤの先端には識別記号が振られて万全を期しているはずです。また、航空用の電線というのは、自動車や民生用の電気製品などとは比較にならない高規格なものが使用されています。ですが、ヒューマンエラーの可能性は排除できないと思われます。

 現在は、全世界で稼働していた約50機の787の全機が検査中だと思います。恐らくはこの配線の問題が真っ先に調査されていると思います。焼け焦げた電池の写真を見て「日本の電池が発火した。もう日本の技術はダメだ」などという声もあるようですが、私はその可能性は低いと思います。

 仮に配線のミスであって、GSユアサやタレスも想定しなかったような、従ってハイテクの自己修正機能でも守れなかったような「ひどいヒューマンエラー」が原因であるならば、逆に日本の経済界は怒るべきです。仮にそうであるならば、「小型ジェット」などと生ぬるいことを言わず、製造業のノウハウが残っているうちに、日本は民生用航空機ビジネスの「最終メーカー」に名乗りを上げるべきだと思うのです。中国が767規模の機材を(色々な技術をコピーして)開発する時代です。日本がやらない理由はありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米株「恐怖指数」が10月以来の高水準、米利下げや中

ビジネス

中国大手銀5行、25年までに損失吸収資本2210億

ワールド

ソロモン諸島の地方選、中国批判の前州首相が再選

ワールド

韓国首相、医学部定員増計画の調整表明 混乱収拾目指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story