コラム

アメリカの貧困を浮き彫りにする「地理学」プロジェクト

2016年05月24日(火)10時54分

ミシガン州フリント。雪が降りしきる。シャッターを閉じたスーパー「Kマート」の外で From Matt Black @mattblack_blackmatt

<これまで20年近くほぼ無名だった写真家マット・ブラックのインスタグラム・プロジェクト"The Geography of Poverty"は、力強くシンプルなスタイルで、アメリカに潜む貧困問題の深さを浮き彫りにする>

 唯一の超大国であるアメリカのもう1つの顔は、格差を作り出してきた貧困大国だ。だが、長年、広大なアメリカをそうした切り口で捉えたフォトドキュメンタリーは存在しなかった。戦前のドロシア・ラングは古過ぎるし、ロバート・フランクの"The Americans"でさえ、1955年から56年にかけて撮影されたものだ(本の出版は1958年)。またフランクの作品は、貧困や格差社会だけでなく、一般大衆の倦怠感も大きなテーマにしている。

 優れた写真家が現れなかったから、ではない。切り口や場所を絞ったフォトストーリーでは、むしろ、彼ら先駆者たちを超えたものもたくさんある――あって当然だ。すでに"The Americans"の誕生から60年近く経った。その間にアメリカはさらに複雑化し、また貧困や格差だけをテーマにしたものでは、読者、あるいはメディアを惹きつけることが難しくなった。費用も非常にかさむ。そのため、多くの写真家が広大なアメリカをもう一度、こうしたテーマで切り取ろうとしたにもかかわらず、挫折してきたのだ。

 今回紹介するマット・ブラックは、そんな状況の中、彗星のごとく登場し、ロバート・フランク以来の大プロジェクトを成し遂げている写真家だ。

 大器晩成型の人である。現在45歳の彼は、過去20年以上の間、貧困、移民、農民の問題を取材してきた。だが、優れた才能があるにもかかわらず、無名に近かった。それが変わったのは、3年ほど前に、自らが育ち暮らしてきたカリフォルニアのセントラル・ヴァレーの貧困問題を、シンプルなキャプションと共にインスタグラムに投稿し始めてからだ。

【参考記事】拒食症、女性器切断......女性の恐怖・願望が写り込んだ世界

 その後、"The Geography of Poverty(貧困の地理学)"というタイトルをつけ、取材範囲を広大なアメリカ全体へと広げていく。同時に多くのメディアが彼のプロジェクトを取り上げ始め、また多くの国際的なグラントや賞を獲得することになる。

カリフォルニア州のアレンスワース。貧困率54%

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story