最新記事

社会

欧州に蔓延する自殺という疫病

2012年8月9日(木)15時34分
バービー・ラッツァ・ナドー(ローマ)

 イタリアだけではない。09年に財政危機が表面化したギリシャではもっと多くの人が自殺している。厳しい緊縮策が課されて以降、既に1727人が自殺、または自殺を試みている。スペインでも自ら命を絶つ人が増えている。特に、失業率が50%を超える25歳未満の若者の自殺が多い。

 09年以来の景気後退が続くアイルランドでも、自殺を図る人の数は08年当時の倍になった。ユーロ危機の影響を強く受けている国では、どこでも鬱病患者や自殺が増えている。

「自殺増加の最大の理由は、景気の後退と進行中の緊縮策だ。どちらも厳しい時代をさらに厳しくする。精神衛生サービスの予算も削られていく」と言うのは、欧州危機が健康に及ぼす影響についての報告を共同執筆したケンブリッジ大学のデービッド・スタックラー教授。「ある病気の爆発的な発症を『疫病』と呼ぶが、そうであれば現在の自殺も立派な疫病だ」

 南欧諸国では、家族を養えない、あるいは従業員に給料を払えない人が増えていて、彼らにとっては自殺が唯一の逃げ場となっている。このところの自殺者で目立つのは自営業者と中小企業の経営者、そしてディミトリス・クリストゥラスのような年金生活者だ。

 ギリシャ政府の緊縮策のせいで、クリストゥラス(77)の年金は半分に減らされた。4月のある日、彼は国会議事堂の前で自分の頭を撃ち、シンタグマ広場を血で染めた。「誇りを持って死んでいくにはほかに方法がない。生きるためにごみ箱をあさるのはごめんだ」というメモがポケットに入っていた。

 こうした「公開自殺」は、当人にとっては苦痛のシンボリックな表現だろうが、後に続けというメッセージにもなる。

 5月6日のギリシャ総選挙投票日の前には、職を失った地質学の講師が街灯に首をつって死んだ。同じ日、将来に絶望した学生が拳銃自殺し、教区民の苦しみに絶望した司祭がバルコニーから飛び降りて命を絶った。今のギリシャでは平均して1日に1人が自殺している。こうなるとメディアの感覚も鈍り、いわゆる「公開自殺」以外は記事にしなくなった。

容赦ない滞納税の徴収

 自殺の場合、たいてい生命保険は支払われないが、債務者が死ねば借金の返済は免除されることが多い。だから何カ月も前から自殺を計画し、残された家族が債務を抱え込むことにならないよう、手続きを済ませておく人もいる。「自分が自殺したら家族はどうなるのか、という問い合わせがたくさんある」と言うのは、しばらく前にイタリア北部の都市トレビーゾに開設されたホットライン「職人の自殺SOS」の広報担当者だ。

 イタリアの自殺者の遺族たちは、債権取り立て業者の厳しい取り立てが愛する者を追い詰めたのだと確信している。

 特に非難の対象となっているのが、国税庁傘下の徴税公社エクイタリアによる強引な取り立てだ。同公社の仕事は、何十年もの税金逃れによって積み重なった約1200億ユーロもの滞納税と延滞金の徴収。国の代わりに取り立ての汚れ仕事を請け負う見返りとして、徴収額に9%の手数料を上乗せしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 6

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中