最新記事

覇権

パワー外交でASEANを囲い込む中国

東南アジア諸国との軍事協力の強化を着々と推進する真の狙いは

2013年10月30日(水)16時25分
カール・セイヤー(ニューサウスウェールズ大学名誉教授)

オバマ不在のなかで APECサミットで習国家主席(左)を迎えるインドネシアのユドヨノ大統領 Reuters

 インドネシア・バリ島で開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議から、ブルネイがホストを務めた東アジアサミットまで、10月前半はまさに「サミットシーズン」。メディアは債務上限問題に追われて直前に参加をキャンセルしたオバマ米大統領の不在と、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席の東南アジアデビューの成功を対比させる報道を繰り返した。

 10月7日に開幕したAPEC首脳会議に先立ち、習はインドネシア国会で外国元首として初めて演説し、その後、マレーシアを公式訪問。他にもアジア各国のインフラ整備を支援する「アジアインフラ投資銀行」の設立や、インドネシアとの間で緊急時に資金を融通し合う「通貨スワップ協定」の再開など、大型の協力案件を次々に打ち出して存在感を見せた。

 中国が東南アジアで主導権を握ろうと画策するのは、メディアが注目する経済分野だけではない。あまり話題になっていないが、安全保障分野でも強力なトップ外交を展開し、周辺諸国の「囲い込み」を進めている。

 習はインドネシア国会での演説で、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と善隣友好協力条約を締結したいと呼び掛けた。中国国際問題研究所の阮宋沢(ロアン・ソンツォー)副所長によれば、これは「ASEAN諸国との平和的関係を強固にし、中国への懸念を払拭する」ためだという。

 インドネシアのユドヨノ大統領、マレーシアのナジブ首相との会談では、各国との関係を包括的戦略的パートナーシップに格上げすることで合意。防衛や安全保障分野で協力し、共に繁栄を目指すと約束した。

 習はユドヨノとの共同声明で、共同軍事演習の実施から海上防衛、テロ対策まで幅広い分野での軍事協力の強化を宣言。ナジブ首相には、安全保障に関する協議の充実や軍事交流など5項目を提案した。

排他的な枠組みに警戒を

 トップ外交に奔走したのは習だけではない。習がAPEC首脳会議を終えると、今度は李克強(リー・コーチアン)首相がブルネイで開催された第16回ASEANプラス1(中国)首脳会議に出席し、善隣友好協力条約締結に向けた協議など7分野での協力を提案した。翌日の東アジアサミットでも、相互協力に基づいた対等で互恵的な協力関係を目指す「新安全保障観」をアピールした。

 もっとも、中国のインドネシアおよびマレーシアとの安全保障面での連携は今回突然始まった話ではない。マレーシアとは00年年以来、高官レベルの人的交流や情報共有を進めてきた。インドネシアとも05年に戦略的パートナーシップを締結している。11年以降は合同軍事演習を行い中国企業が開発した対艦ミサイル「C-705」をインドネシアで生産する協議も進んでいる。

 つまり、最近の軍事面での関係強化は「変化」というより、これまでの流れの延長線上にある動きといえる。中国が97年に対等で互恵的な関係を築く「新安全保障観」を提唱して以来、インドネシアとマレーシア両国はアジアの超大国との関係強化を用心深く進めてきた。平和的な軍事協力を推進するこの方向性は歓迎されるべきものだ。

 ただし、中国がASEAN諸国に求めている善隣友好協力条約の締結については慎重に対応したほうがいい。この地域の基本原則を定め、76年に採択された現行の東南アジア友好協力条約は、域外の国々を排除しないオープンな枠組みだ。一方、中国がASEANを巻き込んで構築しようとしている協力体制は排他的で、自国を含むアジア諸国とそれ以外の間に線を引こうとする動きかもしれない。

[2013年10月29日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中