最新記事

中国

計測不能の「赤色」大気汚染、本当に政府が悪いのか

2015年12月10日(木)19時07分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の中国企業

 中国政府もまったくの無策というわけではない。そもそも500マイクログラムを越えた、1000マイクログラムに達したとPM2.5の数値に一喜一憂できるのも、中国政府の改革によるものなのだ。

 中国は従来PM2.5を計測していなかったが、2013年から計測し、その結果をリアルタイムで発表するようになった。国民の圧力があったからとはいえ、大きな前進であることは事実だ。数字が公表されたことで、各地の地方政府も目に見える形で改善を迫られることとなった。石炭火力発電を減らし、天然ガスや風力、太陽光、そして原子力などのクリーンエネルギーに力を注いでいるのも対策の一環だ。

 それでもなかなか結果が出ないのは、環境対策の難しさを示している。中国企業は生き馬の目を抜く苛烈な競争を繰り広げているが、勝ち抜くために少しでもコストを削減しようと環境対策の手を抜きがち。中国政府はドローンを飛ばして排気を監視したり、リアルタイムに排出物の汚染物質濃度を観測できる機器を工場に設置したりと取り組みを続けているが、企業側も「監視されている煙突以外に、違法排出用の煙突を作る」といった大胆な手段まで駆使して対抗している。

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」とはよく言ったもので、誰もがルールを破っている状況では取り締まりようがない。環境基準を破ってコスト削減しなければ商売に勝てないという状況が変わらないかぎり、いたちごっこは続きそうだ。

 また、まったく対策がなされていない分野もある。環境当局の調査によると、PM2.5の15~20%はちりやほこりなど地表から舞い上がった物質だ。その人為的な発生源としては工事現場があげられる。

 日本では解体作業時にほこりが飛ばないようにネットをかけるなどの手法が定着しているが、中国ではこうした対策は一切なされていない。万博前年の2009年に上海市を訪問したことがあるが、街のど真ん中で建設工事、解体工事が相次ぎ、ひどい空気になっていたことをよく覚えている。ついつい工場や自動車、発電所などにばかり注目が集まるが、他の分野でもできることはまだまだ多そうだ。

<この執筆者の過去の人気記事>
日本企業が「爆売り」すれば、爆買いブームは終わらない
中国の「テロとの戦い」は国際社会の支持を得るか
「中国は弱かった!」香港サッカーブームの政治的背景

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中