最新記事

フィリピン

アジアのトランプは独裁政治へ走るか

2016年5月24日(火)15時50分
パトリック・ウィン

 ご心配なく。ドゥテルテには妙案がある。下級警官の給与を月額315ドルから2000ドルに引き上げ、賄賂なしでも生活できるようにするというのだ。官僚の汚職を防ぐために、政府機関の建物に何千台もの監視カメラを設置することも提案。さらに麻薬密売者と窃盗犯を死刑にすれば、治安はたちまち改善すると、ドゥテルテは息巻く。

 だが、パラバイは悲観的だ。「フィリピンの国家警察は簡単には変わらない。戒厳令時代の体質を今も引きずっており、根本的な意識改革が必要だ」

 戒厳令時代とは米政府の支援を受けたフェルディナンド・マルコス大統領の時代のこと。86年にピープルパワーに倒されるまで、マルコスの独裁政権は20年間も国家の富を貪り続けた。

 35歳以下のフィリピン人(人口の過半数を占める)はマルコス時代をほとんど覚えていない。当時を知る大人たちは、若年層がドゥテルテの主張にころりとだまされると嘆く。

公約守れば血が流れる

「強い指導者に期待する人たちもいるだろう」と、元下院議員のワルデン・ベリョは言う。「若者たちの無知を責めてはいけない。責められるべきは、民主政治に期待を持たせておきながら、それを裏切った体制だ」

 現政権が「貧困と極端な格差を減らすために何ら手を打たなかったから、有権者はドゥテルテのスローガンに期待した」と、パラバイもみる。実際、国家の資産を「略奪」した官僚は死刑にするといったスローガンは大衆に大いに受けた。

 それでも、国内メディアはドゥテルテのやり方に危うさを嗅ぎ取っている。マニラに本拠を置くオンラインのニュースメディア、ラップラーは、「彼が勝利すれば、その独裁政治は有権者に押し付けられたものではない。有権者自らが選び取ったものということになる」と警告した。「ロドリゴ・ドゥテルテが公約を守れば、通りにはおびただしい血が流れるだろう」

 犯罪者を殺し、遺体を海に捨てるのは明らかに違法行為だ。ドゥテルテは政治家の免責特権を批判しているが、自分は特権に浴するつもりらしい。ロドリゴ・ドゥテルテの大量殺戮の罪にロドリゴ・ドゥテルテが恩赦を与えるというわけだ。

 その一方で大統領になったら、下品な冗談を慎み、行儀よくするとも言っている。6月末の就任後は強硬姿勢を和らげる可能性もある。

 現に勝利宣言の直後には妙にしおらしいそぶりも見せた。両親の墓の前で激しく泣きじゃくり、どうかお導きくださいと祈る映像が公開されたのだ。

「お導き」でまともな政権運営ができるといいのだが......。

From GlobalPost.com特約

[2016年5月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス

ワールド

米英外相、ハマスにガザ停戦案合意呼びかけ 「正しい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中