最新記事

法からのぞく日本社会

天皇陛下の基本的人権――日本国憲法から読み解く

2016年8月18日(木)11時29分
長嶺超輝(ライター)

天皇陛下は自己決定権を行使できるか

 では、天皇陛下は、ご自身の地位を、自らのお考えとタイミングで次の継承者へ譲り渡す「自己決定権」を行使することが許されないのだろうか。

 日本国憲法13条には、自己決定権の源流である幸福追求権が定められている。さらに「幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とも明記されている。よって、天皇陛下が生前に退位をお決めになる自己決定権も「立法その他の国政の上で、最大の尊重」をされるのが原則だ。もし、「最大の尊重」をされないとすれば、その例外を設けなければならない特別な根拠が、果たしてどこにあるのかが問題となる。

 1984年、当時やはり80歳を超えるご高齢だった昭和天皇の「生前退位」の是非が、国会で議論されたことがある。当時の宮内庁長官だった山本悟氏は、国会答弁として、生前退位を認めた場合の問題点を3つ挙げた。

●もし、退位を認めれば、「上皇」が存在しうる(天皇を超える影響力を生じさせかねず、それが社会に弊害を生むおそれがある)。
●何者かの圧力によって、天皇陛下ご自身の意思に沿わない「退位の強制」がなされる危険がある。
●天皇陛下が恣意的に退位できるようになる(「なんとなく嫌だから辞める」のも可能になり、皇室に対する敬意や信頼の基盤が揺らぎかねない)。

 以上の理由で、「生前退位」の自己決定権が封じ込められているのが実情だ。

 その皇位継承などについて定めた皇室典範は、明治時代になって初めてつくられた。当時の天皇陛下は、大日本帝国を代表する元首にして、国家の統治権を掌握する「現人神」だった。戦前ならびに戦時には、その計り知れない影響力が、先の戦争において軍部に都合よく利用されたこともあった。

 1946年7月、臨時法制調査会第一部会の小委員会において、天皇陛下が生前退位できるよう、皇室典範を改正すべきかどうかが議論された。

 このころ、陛下の「戦争責任」がGHQによって厳しく問われるおそれを、敗戦直後期の日本政府は怖れていた。もし、この状況下で皇室典範に生前退位を認める規定を盛り込めば、天皇陛下が自らのご判断で「辞任して戦争責任を果たす」ことを可能にしてしまう。そこで、当時の宮内庁を中心に、生前退位の導入を見送る動きが強まっていた。

 当のGHQは、マッカーサー元帥を中心に、天皇陛下の戦争責任は問わないことを確認していたものの、退位した「元・天皇」が政治運動などに乗り出す可能性を危険視し、やはり生前退位に反対していた。

【参考記事】再録:1975年、たった一度の昭和天皇単独インタビュー

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中