最新記事

シリア情勢

「ホワイト・ヘルメット」をめぐる賛否。彼らは何者なのか?

2016年10月21日(金)16時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

空爆の被害とされる写真にも明らかな「ねつ造」が存在

 とりわけ、ホワイト・ヘルメットとシャーム・ファトフ戦線の「親密」な関係は、インターネット上に氾濫する多くの写真や画像から明らかだとも言われる。ファトフ軍によるイドリブ市制圧(2015年3月)に際して、シャーム・ファトフ戦線メンバーとともに組織の旗を振るボランティアの映像、アレッポ県フライターン市でシャーム・ファトフ戦線が処刑した住民の遺体を搬送・処分するボランティアの写真などがそれだ。

 バッシャール・アサド大統領の発言を借用すると、これらのデータは現地で実際に何が起きたのかを示しておらず、プロパガンダの材料に過ぎない。しかし、それらはホワイト・ヘルメットが「シャーム・ファトフ戦線の救援部門」だとする断定にも説得力を与えている。ホワイト・ヘルメットが「中立的」だというのなら、これらのデータに反論し、シャーム・ファトフ戦線との関係を否定して然るべきだが、彼らが明確な態度を示すことはない。

 それだけでない。レバノン日刊紙『サフィール』(2016年10月7日付)は、ホワイト・ヘルメットが「外国の専門家」から、救助活動だけでなく、メディアでの露出のあり方についての教練を受けているとの「匿名ボランティア」の証言を紹介している(記事の日本語訳は「日本語で読む世界のメディア」を参照)。こうした証言の是非もまた実証できない。だが、ホワイト・ヘルメットが配信する広報資料のなかには、ヒムス県での空爆の被害とされる写真が実際には数日前に撮影された画像や、「マネキン・キャンペーン」と呼ばれる手法(マネキン人形のように静止した演者を動画で撮影する手法)で撮影された映像も存在する*。

*2016年10月21日に公開された原文「...だが、ホワイト・ヘルメットが配信する広報資料のなかには、ヒムス県での空爆の被害とされる写真が実際には数日前に撮影されたものだったり、異なる三つの空爆現場で救出されたとされる女児の写真が同一人物のものだったり、と明らかな「ねつ造」が存在する」を2017年1月30日に一部加筆修正した。またこれと合わせて、本文に掲載されていた画像をhttps://twitter.com/lamess09/status/787294157995991040からhttps://www.youtube.com/watch?v=GfwMGHkBIqk&feature=youtu.beに変更した。

 このほか、サーリフ代表が2016年4月に米開発NGO連合体のインターアクションから人道賞を授与され、受賞式に出席するために米国を訪問しようとしたが、ワシントンDCの空港で入国拒否に遭うといった出来事も起きている。

「シリア内戦」の実態を見誤りかねない

 ホワイト・ヘルメットはインターアクションの人道賞に加えて、2016年9月にはスウェーデンのライト・ライブリフッド賞を受賞、10月にはノーベル平和賞の最有力候補にノミネートされ、欧米諸国と日本で一躍注目を浴びた。

 ホワイト・ヘルメットがロシア・シリア両軍の激しい空爆に晒されるシリアで、「地獄のなかの希望」として救援活動を続けていることは厳然たる事実で、彼らの活動は称賛と支持に値する、そう声を大にして言いたい。

【参考記事】ロシア・シリア軍の「蛮行」、アメリカの「奇行」

 しかし、こうした称賛や支持は、彼らが「中立、不偏、人道」を体現していることを意味しない。ホワイト・ヘルメットの支援国や言動は、彼らが「反体制派」であることを示しており、この事実を踏まえずに彼らを評価しようとすれば、「シリア内戦」の実態を見誤ることになりかねない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:4月CPI、利下げに向け物価情勢好転待つ

ワールド

米、ウクライナ防衛事業基金に20億ドル ロシア領内

ワールド

米、今秋に中国製「つながる車」規制案 商務長官「安

ワールド

ロ中など米選挙介入の動き活発化、情報機関が見解 A
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中