最新記事

総力特集

「ドナルド・トランプの世界」を読み解く

2016年11月17日(木)15時50分
横田 孝(本誌編集長)

 来年1月、政治経験も軍隊経験もなく、過激発言を繰り返した不動産王がホワイトハウスの主になる。ワシントン流の政治を一新するとみられる彼の一挙手一投足に、誰もが今、右往左往している。

 これから訪れる「ドナルド・トランプの世界」とはどんな世界か。「本当のドナルド・トランプ」とは何者か。「トランプ米大統領」という現実と、世界はどう向き合うべきなのか。

 本誌は今週、その人物像から過激な「公約」集、経済政策や外交政策、ワシントン人事、過去の実績まで、トランプの世界を読み解くべく、52ページに及ぶ総力特集を組んだ。トランプの政策アドバイザーがアジア政策を語り、本誌コラムニストによるその反論も掲載。カジノやホテル事業で「財を成した」という実績を検証する記事や、「黒い利権」に斬り込んだ記事も収録している。


 ニューズウィーク日本版
 2016年11月22日号
「総力特集:ドナルド・トランプの世界」
 CCCメディアハウス

 以下、本特集より転載する。

◇ ◇ ◇

 第45代アメリカ合衆国大統領にドナルド・J・トランプが選ばれ、アメリカと世界は未知の領域に突入した。

「アメリカを再び偉大にする」のスローガンで支持者を熱狂させると同時に、トランプは数々の暴言や妄言を吐き続け、史上最も醜かったとも言える大統領選を制した。

 政治経験も軍隊経験もなく、過激発言を繰り返した不動産王がホワイトハウスの主になり、世界最強の軍隊の最高司令官となる。トランプの登場によって、第二次大戦後に築き上げられてきた自由主義による世界秩序が崩壊に向かうという声もある。各国政府からメディア、市場関係者まで、トランプの一挙手一投足に誰もが右往左往する日がしばらく続く。

 政治や選挙の常識をことごとく覆してきた男だけに、アメリカの針路も世界への影響も、専門家を含めて誰も予測することはできない。トランプによってこれまでのアメリカ政治・外交の常識や不文律が無に帰した。これまでのロジックはもはや通用しない。前例も当てはまらない。

 おそらく彼自身、これから何をするか分かっていないのかもしれない。何しろ、選挙中に発言を幾度となく翻し、重要な討論会でさえも即興で通してきた男だ。どんな問題でも思慮深く考えるバラク・オバマ大統領とは対照的に、気まぐれやその場の思い付きで恣意的な判断を下してきた。

 多くのアメリカ人も一体何が起きたのかまだ消化し切れず、現実を受け止め切れていない。選挙結果への不満から各地で市民が街に繰り出し、抗議している。中東やパキスタンなどで見られた反米デモさながらに、星条旗やトランプを模した人形を燃やすなど、一部が暴徒化した。

 選挙前、トランプが負けた場合には銃を手に取り、暴徒化することを示唆した一部の支持者がいた。「リベラルで理性的」なはずのヒラリー・クリントン支持者がまさにそれと同じようなことをしているのは皮肉であり、非民主的でさえある。

 しかしオバマも、そして歴史的な大統領選に敗れたクリントン前国務長官も言うように、アメリカはこの結果を受け入れ、現実を直視するしかない。選挙中に差別発言を繰り返し、数々の暴言や妄言を吐き続けた男に違いはないが、民主的に選ばれたことに変わりはない。クリントンも語ったように、「先入観なく、彼にこの国をリードするチャンスを与えなければならない」。

勝利を逃したヒラリーの誤算

「圧勝する」という大方のメディアの予想に反し、女性初の大統領になるというクリントンの勝算はどこで狂ったのか。候補としては申し分なかった。大統領夫人、上院議員、そして国務長官を務めた経験から、ワシントンの権力構造を誰よりも熟知しており、政治家としても行政機関の長としても、その能力は折り紙付きだった。

「冷たい」「信用できない」と一般に評されるが、実際のクリントンはもっと温かみのある人物だ。10月にクリントンの国務長官時代のメールがリークされたが、その中には彼女の人柄を感じさせるものもあった。

 10年、ハイチに甚大な被害をもたらした地震の際には「今すぐにどんな支援ができる? これは私たちが最優先するべきことよ」と側近に指示。また、イエメンで暴力的な30代の男との結婚を家族に無理やり強いられた10歳の少女については、こんなメールを送っている。

「あの子のために何ができる? カウンセリングや教育を受けるためにアメリカに連れてくる方法はない?」。公の場ではなく、側近に宛てたメールに嘘偽りはないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランドのトゥスク首相に脅迫、スロバキア首相暗殺

ビジネス

フォード、EV収益性改善に向けサプライヤーにコスト

ワールド

米、大麻規制緩和案を発表 医療用など使用拡大も

ビジネス

資本への悪影響など考えBBVAの買収提案を拒否=サ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 6

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 7

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 8

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 9

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 10

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中