最新記事

<ワールド・ニュース・アトラス/山田敏弘>

ロシアのサイバー攻撃をようやく認めたトランプ

2017年1月11日(水)17時00分
山田敏弘(ジャーナリスト)

 公表された報告書には、「われわれはプーチン大統領が米大統領選に影響を与えるべくキャンペーン(作戦)を命じたと判断している」と書かれ、プーチンの関与を断言している。「さらにプーチンとロシア政府がトランプ次期大統領への明確に支持していると判断する。われわれはこの判断に相当な自信をもっている」

 するとそれまでロシアの関与を頑なに否定してきたトランプはトーンダウンし、「ロシアや中国、ほかの国々、国外の集団などが政府系機関やビジネス、民主党全国委員会を含めた組織のサイバーインフラを絶えず打ち破ろうとしている」と、ロシアのサイバー攻撃を認める声明を発表した。

 公表された報告書では、ロシアがサイバー攻撃を行ったという根拠が多少示されている。例えば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)は「グーシファー2.0」と名乗るハッカーなどを使って、内部告発サイトのウィキリークスなどで情報を暴露したと書かれている。米情報機関はこの「グーシファー2.0」はロシア人の可能性が高いと見ている。

 ただ報告書以外にも、ロシア犯行説の根拠となる情報はある。米ワシントン・ポスト紙は、ロシア政府高官らがトランプ勝利を讃え合うデジタル通信を傍受し、その中で高官らが関与をほのめかしていたと報じている。また「グーシファー2.0」が暴露したファイルのメタデータ(ファイルなどについている通信記録)にロシアの関与を示すものがあったり、民主党全国委員会に送りつけられた不正メールのデータにロシア政府との繋がりが見られたことが、指摘されている。

【参考記事】インターポールでサイバー犯罪を追う、日本屈指のハッカー

 ただ今回の大統領選に限らず、ロシアはこれまでにほかにもサイバー作戦を繰り広げてきたことは専門家らの間ではよく知られている。周辺国のエストニアやジョージア、ウクライナなどへも大規模なサイバー攻撃を仕掛けてきており、米大統領選に介入しようとしても何ら不思議ではない。ロシアは、知的財産や軍備情報などを盗もうとする中国とは違い、サイバー攻撃の裏に政治的な動機が見える。国内外で摩擦が生じた際にサイバー攻撃を駆使する手口はいつものことだ。最近でも、トルコのシリア国境付近でロシア戦闘機がトルコ軍に撃墜される事件があったが、その後トルコが大規模なサイバー攻撃に見舞われている。

 最近では、「トロール(荒らし、または釣りの意)」作戦も話題になっている。これは、偽の情報をばらまくキャンペーンで、実際に、米化学工場の爆破事件や、感染症の拡大といった偽ニュースを、手の込んだビデオやSNS、ツイッターなどを駆使して拡散し、さも本当であるかのように見せ、混乱を起こそうというものだ。またネットに親ロシアのコメントやポストをアップするキャンペーンも組織的に行っている。

 とにかく、今回の大統領選を見るまでもなく、ロシアは十分にサイバー空間で暗躍している。今後もそれが止むことはないだろう。

 トランプ大統領の正式な誕生まで2週間ほどだが、トランプがこうしたサイバー問題にどう取り組むのか、世界のサイバーセキュリティ関係者が注視している。

【執筆者】
山田敏弘

国際ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などで勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で国際情勢の研究・取材活動に従事。訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)。現在、「クーリエ・ジャポン」や「ITメディア・ビジネスオンライン」などで国際情勢の連載をもち、月刊誌や週刊誌などでも取材・執筆活動を行っている。フジテレビ「ホウドウキョク」では国際ニュース解説を担当。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中