最新記事

映画

理不尽な世界に生まれ死んでいく人間の不条理──『なりゆきな魂、』

2017年1月29日(日)10時06分
太田美由紀 ※Pen Onlineより転載

 漫画家つげ義春を兄に持つ、つげ忠男の短編漫画「成り行き」「夜桜修羅」「懐かしのメロディ」「音」の4本。さらに、瀬々監督のオリジナルエピソード「バス事故に運命を翻弄される人々」を加えて紡ぎ上げた、魂の作品の登場です。

 戦後間もないバラックに囲まれた広場で米兵に向かっていく無頼漢を見つめる少年。釣りに出かけのどかな時間を過ごしていたはずなのに、男女の争いに巻き込まれ、殺人を犯してしまうふたりの老人。桜の木の下で初めて出会った男女の殺し合いを凝視する初老の男。偶然の積み重なりで生死を分けたバス事故により一瞬にして遺族となったことに困惑し、葛藤する人たち。行きどころなく彷徨う老人の白昼夢......。それぞれのエピソードは深く絡まり合うことはないままに、ほんの小さなきっかけから、人々が「生と死の狭間」に吸い寄せられていく様子が多重奏のように描き出されます。

(参考記事:マーティン・スコセッシが「遠藤周作」の原作を完全映画化した、『沈黙-サイレンス-』がいよいよ公開!

 ひとりひとりの存在感を生々しく演出するのは、瀬々敬久監督。低予算、短期間で制作され、作家性の強い作品を排出し日本映画を支えたピンク映画の出身ですが、ドキュメンタリーも含め、インディペンデントからメジャー大作まで幅広い作品を世に送り出してきました。4時間38分の大長編、近作『ヘブンズストーリー』(2010)ではベルリン映画祭国際批評家連盟賞も受賞しています。理不尽な世界を見据え、理不尽な人生から目をそらさずに描ききるその力を、本作でも存分に発揮しているといえるでしょう。

『なりゆきな魂、』

戦後間もない貧しい下街の一角で、進駐軍の米兵相手に喧嘩を挑む男、京成サブ(三浦誠己)。

 作品中の「自分だけはいつまでも生きているように思って......」という台詞、みなさんも心当たりがあるのでは。つげ忠男を佐野史郎、釣りをしていた老人・花村を柄本明、そのほか個性派俳優たちの立ち居振る舞いは演技とは思えず、作品のリアリティをさらに増幅させています。まさに我々の日常のすぐ隣に、生と死の狭間が存在することを感じずにはいられなくなることでしょう。

『なりゆきな魂、』

女に乱暴しようとした男、城ヶ崎(後藤剛範)を花村(柄本明)と仙田(足立正生)は止めようとするが......。
©ワイズ出版


『なりゆきな魂、』

監督・脚本/瀬々敬久
原作/つげ忠男「成り行き」「つげ忠男のシュールレアリズム」より
出演/佐野史郎、足立正生、柄本 明
2017年日本/107 分 
配給/ワイズ出版

2017年1月28日より、ユーロスペース(渋谷)にてロードショー 
第七藝術劇場(大阪)、シネマテーク(名古屋)、シアターキノ(北海道)、
桜井薬局セントラルホール(仙台)、ジャック&ベディ(横浜)ほか全国順次公開予定

https://nariyukinatamashii.com


※当記事は「Pen Online」からの転載記事です。

Penonline_logo200.jpg





今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中