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難民入国一時禁止のトランプ大統領令──難民の受け入れより難民を生まない社会づくりを

2017年2月6日(月)16時00分
米川正子(立教大学特任准教授、元UNHCR職員)

しかし難民を入国させる前、あるいはさせた後に、難民を国外追放した国々はいくつかある。難民が何の罪も犯していないにもかかわらずだ。

例えばオーストラリア政府は、ボートで漂流した難民や移民を自国に定住させず、ナウル島とマヌス島の難民収容所に送り込んだ。そこで難民は拷問にあい、幼い子どもまでが自殺未遂を考えているぐらい苦しんでいるという(アムネスティ・インターナショナル、2016年)。

またイスラエル政府は2013年以降、自国にいたスーダンとエリトリア難民申請者約一万人を、ルワンダとウガンダに強制追放した。ネタニヤフ首相は「これらの人々が来たことで、イスラエルのユダヤ人のアイデンティティーが脅かされた。この問題を止めなければ、6万人の侵入者が60万人にと膨れ上がり、ユダヤ人、そして民主主義国家としてのイスラエルが否定されてしまう。シリアやアフリカ難民の悲劇に無関心ではないが、イスラエルは小国なので、不法移民とテロに対して国境を支配しなくてはならない」と述べた。

これらの難民政策は強硬的であるにもかかわらず、ほとんど無視された。それに比べると、オーストラリアとイスラエル同様に人権侵害である今回のトランプ大統領令は、世界中で大変注目を浴びている。なぜなのか。それは、選挙キャンペーン中から不人気のトランプ大統領が就任8日目という早い時期に、7カ国と国を限定し、人種・宗教差別とも言える大統領令を発令したからだ。それに加えて、本大統領令が発令されたのが、たまたま国際ホロコースト記念日という第二次大戦で殺害された何百万人もの人々を敬う日であった。当時は多くのユダヤ人がアメリカへの避難を試みたが、入国を阻止された。その苦い歴史をトランプ大統領が繰り返そうとしているという懸念と怒りが、さらに世界の人々を掻き立てるのであろう。

難民の持続的解決策とは?

最後に、難民にとってアメリカなどでの定住は果たして持続的解決策なのかを考えてみよう。

現在、私はある難民研究のために北米に出張中で、2015年以降、アメリカに定住しているコンゴ難民に会った。彼がアフリカ某国での難民キャンプで20年近く生活していた時に、2度会ったことがある。彼は、難民キャンプという安全も自由もない「刑務所」から脱出できたことを感謝し、また難民ではなく一人の人間としてアメリカで生活ができることを大変喜びつつ、こう言った。

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