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香港

若者たちの「30年戦略」と行政長官選挙にみる香港の苦境

2017年3月29日(水)18時58分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

それでも、デモ参加者などの客観的な数字を見れば雨傘運動当時と比べての退潮は明らかではと食い下がる私に、周氏は運動は長期戦になるとの見通しを伝えてきた。雨傘運動のリーダーとして世界的に名前を知られるようになった黄之鋒氏は、なんと30年後の2047年までの長期計画で戦い抜くとの構想を発表している。

香港は1997年に中国に返還された。その際、中国政府は2047年までの50年間は一国二制度を堅持する方針を示している。だが、その後のことはこれから決まる。2047年に香港が中国のたんなる一地方とならないように、香港の運命を香港人が自ら決められるように、短期的な政治的駆け引きではなく、根本的な制度改革を求めて支持を広げていくという遠大な構想だ。

30年も先の目標を唱えて求心力を維持できるのか。短期的な成果に拘泥しない態度で参加者のテンションを保てるのか。中国政府によるさまざまな圧力に押しつぶされはしないか。

実際、行政長官選挙の翌日には香港警察は戴耀廷氏ら雨傘運動の提唱者ら9人を逮捕する方針を発表している。また「香港衆志」の羅冠聡主席は昨秋立法会議員に当選したが、就任宣誓に不備があったとの理由で香港政府は当選無効を主張。現在、訴訟が進行しているが、失職する可能性もある。その場合、当選後に支払われた給与、経費の返還を求められることになり、「香港衆志」が経済的に破綻する可能性は高い。

彼らをめぐる厳しい状況を考えると、長期戦など可能なのかとこちらが心配してしまうが、彼らは彼らなりのやり方で運動に取り組んでいる。

長い長い道程を歩き続けるには、気を張りすぎないことが大切になる。その意味では周氏の肩肘張らぬ生活ぶりは、いわゆる活動家のイメージとは縁遠いものだった。

日常生活についてたずねると、スポークスマンの顔から一転、20歳の女子大学生の表情に変わった。副秘書長という肩書きはあるが、大学に通うために仕事としてはパートタイムという扱い。また、英語家庭教師のアルバイトもしているのだとか。

さらに自分が好きな日本のコンテンツの話になると、テンションと話すスピードは2倍になる。日本語が堪能な周氏だが、もともとは『きらりん☆レボリューション』(2006~2009年)という日本アニメにはまったことがきっかけだという。

その後はモーニング娘。や嵐などの日本アイドルのファンになり、気づけば香港政治についてすらすらと解説できるほどの日本語力を身につけたのだという。アイドル以外でも「有吉弘行のバラエティが好きですね。ユーチューバーだとはじめしゃちょーのファンです」とすらすら名前を列挙していた。

黄之鋒氏もガンダムオタクとして知られているほか、雨傘運動当時には「おまえの青春は輝いたか」というアニメ『ケロロ軍曹』の名台詞で人々を鼓舞するほどのアニメ好き。香港衆志のフェイスブックページではゲーム実況を披露するなどオタクぶりは本物だ。

運動だけに没頭するのではなく、自分の生活を確保しつつ肩肘張らずに30年後に向けて戦っていく。彼らの試みがどのような実を結ぶのか、注目していきたい。

[筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。4月下旬に『現代中国経営者列伝 』(星海社新書)を刊行予定。

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