最新記事

海外ノンフィクションの世界

ピュリツァー賞歴史家が50年前に発していた現代への警告

2017年3月18日(土)21時30分
小巻靖子 ※編集・企画:トランネット

人は生存競争にさらされている。生きていくうえで競争は避けられない。他と競う個人には所有欲や好戦性、排他性、自尊心という特性がみられるが、個人の集まりである国家は、競争を戦争という究極の形でやってのけると警告する。

人はまた、自然淘汰からも逃れることができない。健康や能力、性質など、もって生まれたものは人によって大きく異なり、生まれたときからすでに淘汰は始まっている。人は生まれながらにして自由かつ平等の権利を有するとフランス人権宣言は謳っているが、自由と平等の両方を手にするなど不可能だという。

【参考記事】テロリストの一弾が歴史を変えた――第一次世界大戦史(1)

印象的なセンテンスを対訳で読む

歴史に学ぶのはもちろん、数々の警句も本書の魅力の1つである。以下は『歴史の大局を見渡す――人類の遺産の創造とその記録』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●Society is founded not on the ideals but on the nature of man, and the constitution of man rewrites the constitutions of states.
(社会は理想ではなく人の性質を基盤に築かれる。人の性質が変わると、国の性質も変わる)

――大きくとらえると、歴史は繰り返す。それは、人間の性質の変化には長い時間を要し、人は飢えや危険のような何度も発生する状況に対してはいつも同じ反応を示すからである。しかし、新しい状況が生まれると、本能的な型にはまった反応とは異なる反応が求められる。社会は慣習と創造の相互作用によって進化していくという。

●Inequality is not only natural and inborn, it grows with the complexity of civilization.
(人は生まれながらにして不平等で、文明が複雑になるにつれ不平等は深刻化する)

●For freedom and equality are sworn and everlasting enemies, and when one prevails the other dies.
(自由と平等は深い恨みをいだく永遠の敵同士で、一方が栄えると一方が滅びる)

――人は生物学的に平等たり得ない。しかし、教育の機会均等を推進し、各人が能力を活かせるよう道を開くことは可能だという。

●Democracy is the most difficult of all forms of government, since it requires the widest spread of intelligence, and we forgot to make ourselves intelligent when we made ourselves sovereign.
(民主制は最もむずかしい政体である。民主制のもとでは、誰もが知性を身につけていることが必要になる。ところが私たちは主権を得たとき、知性のことなど考えていなかった)

――多数の人をだまして大国を支配することは可能だとデュラントは警鐘を鳴らす。耳に心地よいだけの言葉に乗らないよう、ものごとを知り、自ら考え、判断することが求められる。

◇ ◇ ◇

50年も前に書かれた本だが、今を生きる私たちにも、歴史に対する新しい視点や現代という時代を理解するヒントを与えてくれる。


『歴史の大局を見渡す──人類の遺産の創造とその記録』
 ウィル・デュラント、アリエル・デュラント 著
 小巻靖子 訳
 パンローリング

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中