最新記事

インドネシア

インドネシア・ジャカルタ知事選、宗教と生活困難が投票を左右

2017年4月20日(木)15時30分
大塚智彦(PanAsiaNews)

大統領選候補の観測も

アニス候補はジョコ大統領から教育・文化相を解任された経緯からジョコ大統領の支持母体である与党「闘争民主党(PDIP)」と離別して、2019年の次期大統領選でジョコ大統領に再度挑戦することが確実視されるグリンドラ党のプラボウォ党首の強力な支持を背景に選挙戦に臨んだ。

プラボウォ党首は32年間インドネシアに君臨したスハルト元大統領の元女婿。それだけにPDIPとの選挙協力を公にした「ゴルカル党」(前身のゴルカルはスハルト与党だった)の幹部の多くが党に背いてアニス支持に回ったことも、PDIPが支持するアホック候補の敗因の一つという。

こうしたことや今回の選挙結果から、次回大統領選には「現職のジョコ大統領にアホック副大統領」のペアと「プラボウォ党首とアニス副大統領」のペアが立候補する可能性がでてきたとの観測が強まっている。

この大統領選の構図の背景には、長期独裁政権を強力な指導力で維持したスハルト元大統領に繋がる「旧勢力への回帰」を熱望する国民と、スハルト政権を崩壊に追い込んだ民主化勢力を代表するメガワティ元大統領が率いる「民主化勢力」を支持する国民、という宿命的な相剋がある。それはまた、独立の父「スカルノ大統領」と開発の父「スハルト大統領」という歴史的背景の反映でもあるのだ。

「多様性の中の統一」

勝利を確実にしたアニス候補はプラボウォ党首とともに記者会見して「候補者同士の違いを強調することは終わりにして、ジャカルタの人々が一致団結する時がきた」と選挙戦での対立の終焉と和解を訴えたが、会場に詰めかけた支援者からは「次期大統領プラボウォ」との声がかかる一幕もあった。

これに対しアホック知事は「(アニス候補当選は)これも良い選択として神の思し召しだ。私としては残る半年の任期に全力を尽くす」と述べ、イスラム教の祈りを支援者とともに捧げた。選挙戦が終わっても、両候補は宗教などによる有権者の分断を修復し、宗教への配慮を最優先せざるをなかったことに、インドネシアが抱える問題の根深さが象徴されている。

それは世界第4位の人口を抱え、世界最大のイスラム教徒人口を抱えながらも国是である「多様性の中の統一」という寛容に基づいた結束を標榜するインドネシアがもつ宿命ともいえる問題でもある。

イスラム教を前面に押し出したアニス候補が勝利したことで、イスラム急進派の活動が再び活発になり、今後政治の場だけでなく、あらゆる機会に「イスラム至上主義」を掲げて介入してくる危険性も指摘する声もある。PDIP幹部は選挙結果をみて「イスラム教、インドネシア国民の多様性と寛容が試された選挙といえるが、ここまでイスラム教の影響力が強いとは思わなかった。成熟しかけていたインドネシアの民主化は本物なのか、問われるのはこれからだろう」と感想を漏らした。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中