最新記事

映画

信じ難く美しいぶっ飛びオナラ映画『スイス・アーミー・マン』

2017年9月22日(金)17時15分
ジェフリー・ブルーマー

主演2人の力演がいい

お下劣さといい、死体をいじり倒す点といい、嫌悪感を持たれてもおかしくないし、意図的にそれを狙った節もある。だがこの作品で長編映画デビューを果たした脚本・監督コンビのダニエル・クワンとダニエル・シャイナートは、全編オナラ・ギャグ映画をあり得ないほど美しい作品に仕上げた。

視覚的なギャグから抒情性あふれる挿話へと軽やかに変化し、希望の翼を広げたかと思えば、底知れぬ不安と痛恨の念が観客の胸に突き刺さる――まさに変幻自在の展開だ。

めまぐるしくアングルを変えるカメラが不意に静止してハンクとメニーの繊細な触れ合いを映し出すとき、観客は「なんでこんなに」と思うほど心を揺さぶられて息をのむだろう。

この映画の奇跡は、ダノとラドクリフの演技に負うところも大きい。作り込んだ怪演で知られるダノだが、作り込まなくてもいかれた味が出せる役柄にようやく出会えたようだ。

そしてラドクリフ。「死体の演技がうまい」というのは褒め言葉ではないだろうが、あえて言いたい。実にうまい。いかにも死体らしい硬直した感じは緻密に計算されたものだろう。腐臭漂う死体そのものなのに、何ともいとおしく感じてしまう。

ダノもラドクリフも屈辱的なまでの汚れ役に果敢に挑んでいる。男優2人の肉体的な密着度でも、この映画の濃密さはちょっと異常だ。腐敗しかけた死体を背負って森を歩き回るハンク。設定上、同性愛的なニュアンスは避けられないが、映画はそれを避けようとはしないし、ダノとラドクリフも男同士の愛情を堂々と表現している。

そこに至るまでがぶっ飛んでいただけに、ラストはややありきたりに感じられるかもしれない。だが、最後に放たれる魔法のようなオナラがすべてを謎のベールで包む。このとびきり独創的な映画では、オナラ・ギャグが聖なる力を秘めている。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

© 2017, Slate

[2017年9月26日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中