最新記事

米軍事

「炎と怒り」発言のトランプに打つ手はない?

2017年9月22日(金)17時45分
辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)

さらに北朝鮮に対し軍事攻撃オプションを取ろうとする場合、日本、韓国、中国に居住する民間のアメリカ人、米軍の家族、大使館員などを退避させる必要がある。本格的な戦闘に備えて在日米軍基地経由で米太平洋軍の指揮下にある部隊を動員する必要も出てくる。いずれも北朝鮮に気付かれないように進めるのは至難の業だ。北朝鮮情勢で米中が協力を深めることをよしとしないロシアが今後、どのような動きを見せるかも不透明だ。

特に注目すべきなのは、マティス、ダンフォード、さらにジョン・ケリー大統領首席補佐官はいずれも、イラク・アフガニスタンで01年以降続いている出口の見えない戦いの当事者だったということだ。

明確な出口戦略がないまま始まった戦争が長期化したことで米軍が受けたダメージを身をもって体験している彼らにとって、日本・韓国といった同盟国への根回し、中国・ロシアとの調整を考えると北朝鮮に対する軍事攻撃は非常にハードルが高い。つまり、「言うは易し、行うは極めて難し」なのだ。

アメリカは無策で終わるのか

トランプですら9月7日、訪米中のクウェート首長との会談後に臨んだ共同記者会見の席上、北朝鮮情勢について聞かれ「不可避なものは何もない」「軍事オプションを取ることは望んでいないが、その可能性はあるということだ」と、トーンダウンしてきている。

状況が打開できない、武力行使オプションの現実性も低い――となると、これまで専門家の間では一種のタブーとされてきた「北朝鮮を核保有国として認めた上で核・ミサイルプログラムの規制を目指す」政策目標が現実味を帯びてくることを意味するのだろうか。

そのような議論は、93年に北朝鮮が核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言して以来、アメリカはもちろん国際社会が目指してきた「北朝鮮の核プログラム廃棄」という目標、特にジョージ・W・ブッシュ政権以来アメリカが一貫して主張してきた「包括的、検証可能かつ不可逆的な放棄」という目標を諦めることを意味する。この結果は金正恩の思う壺であるだけでなく、これまで国際社会が一貫して取り組んできた核軍縮・不拡散体制にとって極めて大きなダメージになる。

それだけではない。ニッキー・ヘイリー米国連大使が9月4日の国連安保理緊急会合で発言したように、核保有国には、非核保有国を核兵器で攻撃しない、他国に対して核を使った恫喝は行わない、核兵器のこれ以上の拡散を防ぐ、といった責任があるが、北朝鮮が「責任ある核保有国」として国際社会で振る舞う可能性は極めて低い。

ただ、アメリカは無策のまま時が過ぎるのをよしとはしない。特に、「オバマ政権時代の8年間の無策が現在のような状態を招いた」と批判してきているトランプ政権ならなおさらだ。ヘイリーは、9月4日の安保理緊急会合で「もう十分だ(enough is enough)」と述べ、対北朝鮮石油禁輸など、より厳しい制裁を国連加盟各国に求める安保理決議の採択を呼び掛けた。当面は、この決議案の全会一致での採択を目指し、特に中ロと水面下での激しいやりとりが行われることになるだろう。

北朝鮮の核保有をなし崩しに認めてしまえば、国際社会にとってもトランプにとっても脅威が増すだけだ。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年9月19日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中