最新記事

北朝鮮

「金正恩は叔父・張成沢を斬首して晒した」衝撃のトランプ発言の真偽は?

2020年9月18日(金)16時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

<このような残忍な打ち明け話がプラスに作用する保証はないことを、金正恩が理解できないはずがない>

AFP通信は11日、「ウォーターゲート事件」の特ダネ記者、ボブ・ウッドワード氏の新刊『RAGE(怒り)』の内容を入手して報じた記事で、トランプ米大統領が「(北朝鮮の金正恩党委員長は)私にすべてを話した」として、張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党行政部長の処刑に言及したと伝えた。

張成沢氏は金正恩氏の叔父だが、2013年12月に国家転覆陰謀罪により処刑された。

同書は、ウッドワード氏がトランプ氏と18回会ってインタビューした内容を基に書かれているという。それによると、トランプ氏は金正恩氏が張成沢氏をどのように処刑したかについて、次のように述べている。

「彼がおじを殺した後、遺体を北朝鮮の幹部が利用する建物の階段に置いた。切られた頭は胸の上に置いた」

衝撃的だが、にわかには信じがたい内容である。確かに、金正恩氏は残忍で横暴な独裁者であり、ひどいやり方で数多くの人々を処刑してきた。

<参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー
<参考記事:金正恩の「肥満」と「処刑」が同時期に始まった必然

しかし、金正恩氏がこのような話をトランプ氏に明かす動機が理解できない。トランプ氏と親密な関係を築くことが金正恩氏にとっていくら重要であっても、こんな話をすれば相手が「引く」と考えるのが普通だ。また、仮にトランプ氏がこのような打ち明け話を好むとしても、次の大統領やその次の大統領がこれを知ったとき、それが自分にとってプラスに作用する保証はないということを、金正恩氏が理解できないはずはない。

繰り返すが、筆者は金正恩氏について、残忍で横暴な独裁者だと認識している。しかし、決して彼が愚かだとは考えていない。

また、張成沢氏の処刑については、いまだに詳細な目撃談が伝えられていないと承知している。そのため一部の北朝鮮ウォッチャーの間から、たまに張成沢氏の「存命説」が出ることもあるくらいだ。

金正恩氏が本当に、トランプ氏が語ったような行動を取ったならば、これまでの7年近い月日の間に、何らかの形で似た情報が伝えられていた方が自然だ。

北朝鮮は極めて閉鎖的な国家であり、あの国の奥深くで起きていることを正確に知るのはきわめて困難だ。だからこそ、世界の北朝鮮ウォッチャーたちは断片的な情報を拾い集め、誤差を修正しながら事実の輪郭を描き出す取り組みを続けてきた。

張成沢事件についても、多くの専門家が関心を持ち続けてきたが、トランプ氏が語ったような情報はまったく聞こえてこなかったのだ。

もっともすでに述べた通り、金正恩氏は多くの人々を残虐な方法で処刑している。彼が叔父を斬首して晒したという話が事実であってもそうでなくても、彼が残忍な人物であるという評価は変わらない。しかしそうした行動は、恐怖政治により権力を維持しようという、彼なりに合理性の伴うものだったはずだ。

上記のトランプ氏の話と、それを伝えるウッドワード氏の著書は、金正恩氏がまったく合理性を欠いた狂った独裁者であるとの印象を強めかねないという点で、筆者はいささか懸念を抱いている。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動

ビジネス

必要なら利上げも、インフレは今年改善なく=ボウマン

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中