最新記事

ベネズエラ

アメリカの制裁に「勝利」したベネズエラ...犠牲になったのは国民だけだった

How Maduro Beat Sanctions

2021年6月17日(木)18時05分
ホルヘ・ジュレサティ(ベネズエラの経済学者)、ウォルフ・フォンラール(NPO「自由のための学生」CEO)
ベネズエラのマドゥロ大統領

制裁も経済危機も抗議行動も乗り越えてきたマドゥロ MANAURE QUINTERO-REUTERS

<中国の手助けもあって、マドゥロ大統領の独裁政権にトランプ流の締め付けは効かなかった。今こそアメリカは政策転換を決断すべきだ>

2017年の夏、ベネズエラは近年では最大規模の政治的混乱の渦中にあった。政府に抗議する国民の街頭行動は100日を超え、権力を握るニコラス・マドゥロ大統領は容赦ない弾圧で対応した。

あの年だけで100人以上の反体制派市民が治安部隊に殺されたが、それでも民主主義が回復されるまで闘いは続く。そう思えた。

そんな状況で、発足したてのトランプ米政権は対ベネズエラ政策を大きく転換し、マドゥロ政権に対する厳しい経済制裁を発動した。抗議の民衆を支援するためであり、経済的な締め付けを強めれば政権は崩壊し、民主主義が勝つと信じたからだ。

それから4年。期待は裏切られた。マドゥロ政権の基盤は今までよりも盤石に見えるし、長年にわたる経済的・政治的抑圧で市民社会は修復不能なほどに破壊されている。国民の8割は極貧にあえぎ、およそ600万人が国外に脱出。国内では700万人以上が人道支援に頼っている。医薬品も家も、衛生設備も食料も足りない。一連の経済制裁は、むしろマドゥロ政権を強化したように見える。なぜか。

変化した制裁の目的

ベネズエラに対するアメリカの経済制裁は06年に始まった。当時のウゴ・チャベス政権による人権侵害や不正な資金洗浄、犯罪組織やテロ支援国家との関係が理由とされた。当時のアメリカは対テロ戦争を主導するブッシュ政権の時代。テロリストに甘いチャベス政権に対し、アメリカは武器の輸出を禁じた。

しかし露骨にベネズエラの体制転覆を目指すようになったのは、トランプ政権が「最大限の圧力」政策を打ち出してからだ。ベネズエラでは既にチャベスが死去し、後継者のマドゥロが権力の座に就いていた。制裁を強化すれば権力基盤を切り崩せる、とトランプ政権は考えた。制裁で資金や物資の供給を断てば、マドゥロ政権を支える主要な勢力(政財界の一部と軍の上層部、そしてロシアや中国など)も離れていく。そんな計算だった。

こういう考え方は昔からあるが、その実効性には多くの政治学者が疑問を投げ掛けている。それでもトランプ政権は、これでベネズエラに民主主義をもたらせると信じた。

マドゥロ失脚を目指す制裁には3種類あった。まずは17年8月に発動した広範な経済制裁。ベネズエラ政府がアメリカの金融システムを利用することを禁じた。

従来、ベネズエラ政府と国営ベネズエラ石油公社(PDVSA)は債券市場を通じてアメリカの金融機関を利用できた。例えば17年前半には、ゴールドマン・サックスがPDVSAの社債28億ドルを購入して資金を提供していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

イーサ現物ETF上場承認に期待、SECが取引所に申

ワールド

ロシア軍が戦術核使用想定の演習開始、西側諸国をけん

ビジネス

アングル:米証券決済、「T+1」移行でMSCI入れ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の大群、キャンパーが撮影した「トラウマ映像」にネット戦慄

  • 4

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 5

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 6

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中