最新記事

大気汚染

「大気中の有害な微小粒子が脳に影響を及ぼすおそれがある」との研究結果

2022年6月24日(金)18時50分
松岡由希子

脳脊髄液に有毒な大気が何らかの方法で侵入している Daniiielc -iStock

<英バーミンガム大学らの研究チームは、脳疾患の既往歴がある患者から採取した脳脊髄液で様々な微小粒子を発見するとともに、これらが脳に到達する経路について調べた......>

大気汚染は私たちの肺や心臓に影響を及ぼすのみならず、脳疾患や神経学的障害を引き起こすおそれもあることが明らかとなった。

英バーミンガム大学や中国科学院らの研究チームは、脳疾患の既往歴がある患者25人から採取した脳脊髄液で様々な微小粒子を発見するとともに、これらが脳に到達する経路について調べた。その研究成果は、2022年6月22日、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で発表されている。

脳脊髄液に有毒な大気が何らかの方法で侵入している

研究チームが高分解能透過電子顕微鏡(HR-TEM)や高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)とエネルギー分散型X線分光法を組み合わせて脳脊髄液を分析したところ、25検体のうち8検体で外因性微粒子が見つかった。これら8検体で特定された外因性微粒子の組成はそれぞれ異なるが、大気環境でよくみられるカルシウムや鉄、ケイ素を含む粒子のほか、これまで報告されていないマラカイト、アナターゼ二酸化チタンも特定されている。このことから、脳が浮かんでいる脳脊髄液に有毒な大気が何らかの方法で侵入していると考えられる。

研究チームは大気中の微小粒子の脳への侵入経路を探るため、マウスに酸化チタンとカーボンブラックを気管内注入によって直接投与した。その結果、血液脳関門(BBB)の構造が損傷し、脳血管の漏出が対照群に比べて約20%増加した。

いくつかの脳切片では、血液脳関門に近い血管の内外でこれらの粒子の凝集体が認められている。試験管内実験でも同様に、酸化チタンやブラックカーボンなどの微粒子が血液脳関門の頂端側から側底側へ直接移動したことが確認された。また、マウスの脳から外因性微粒子が排出されるスピードは他の代謝器官よりも遅かった。

粒子状物質による中枢神経系へのリスクを裏付ける

近年の研究結果では、大気汚染への長期曝露と神神経炎症認知機能の低下との関連が示されている。メキシコシティでの研究では、長期にわたって大気汚染にさらされている子供や若者の脳幹でアルツハイマー病と関連する異常タンパク質の蓄積が認められた。

研究チームは一連の研究成果について「粒子状物質による中枢神経系へのリスクを裏付け、外因性粒子の吸入から脳への曝露経路を解明する道筋を示したもの」としたうえで、「大気中の微小粒子が吸入され、血流を介して血液脳関門に損傷を与え、脳に到達するまでの経路については、さらなる研究が必要だ」と指摘している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中