最新記事

イラク

イラクの政情が不安定化し、シーア派内戦の危険性が高まっているのはなぜか

Giving Iraq to Iran

2022年9月5日(月)18時05分
デービッド・シェンカー(元米国務次官補〔中近東担当〕)
ムクタダ・アル・サドルの支持者

親イラン政党の首相指名に反対する、シーア派宗教指導者ムクタダ・アル・サドルの支持者たち(バグダッドのグリーンゾーン近く、8月30日)

<昨年10月の選挙でイラク人は隣国イランの影響力拡大にノーを突き付けたが、あれから状況は大きく変わった。バイデン米政権がイラクを見捨てたのは明らかだ>

中東は、私が政権を引き継いだときよりもずっと安定して安全になっている──。ジョー・バイデン米大統領がワシントン・ポスト紙への寄稿でそう主張したのは7月9日のことだ。

その例として、バイデンはいくつかの国と共にイラクを挙げた。

そうだろうか。確かに、アメリカの軍や大使館の関係者を標的とする攻撃は減ったが、それだけでイラクという国が「安定して安全」だと言えるのか。

むしろ現在のイラクは、バイデン政権が発足した2021年1月よりもずっと不安定だし、そこでのアメリカの国益はもっと脅かされているようにみえる。

イラクの状況は、この1年足らずで大きく変わった。昨年10月の議会選(一院制、329議席)で、有権者は隣国イランの影響力拡大にノーを突き付けた。

ところが現在の政局は、再び親イラン派勢力が優位にあり、イラクの民主主義はこれまでになく脅かされている。国内の多数派(世界的には少数派)であるイスラム教シーア派の内部対立が、暴力的な衝突に発展する可能性さえ出てきた。

こんな状況は避けられたはずだ。

昨年の選挙で、親イラン(シーア派)武装組織である人民動員隊(PMF)を母体に持つ政党「ファタハ連合」は、改選前より31も議席を減らす一方で、アメリカにもイランにも指図されないイラクの実現を訴えたムクタダ・アル・サドルの政党連合が最大の議席を維持した。

サドルはシーア派の宗教指導者だが、大衆迎合的で、その政治姿勢は一貫性がない。2003年の米軍のイラク侵攻後は、シーア派民兵組織マハディ軍の指導者として米軍を攻撃し、米軍に殺されかけた。

だが最近は、愛国主義的主張を展開し、反腐敗活動家を自任するとともに、アメリカの外交官や軍人を攻撃するPMFの批判に力を入れていた。

裏で操るマリキ元首相

そんなサドルが権力を握れば、自らを最高指導者とするイラン型の神権政治を導入しないとも限らない。

だが、少なくとも昨年の選挙直後は、サドルは親イラン勢力を排除する一方で、シーア派とスンニ派とクルド人(主にスンニ派)による大連立を樹立するかにみえた。そうすればイラクの主権を強化し、腐敗の一掃に一定の道筋をつけられたかもしれない。

だが結局、そんな大連立政権は実現しなかった。親イラン勢力の妨害に遭ったためだ。

PMF系武装組織は政権を転覆すると繰り返し脅し、実際にムスタファ・カディミ首相の暗殺を図り(未遂に終わった)、クルド人自治区をロケット弾やドローンで攻撃し、モハメド・ハルブシ国会議長の自宅を爆撃したとされる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

MUFG、今期純利益1兆5000億円を計画 市場予

ビジネス

焦点:マスク氏のスペースX、納入業者に支払い遅延 

ビジネス

ペイペイのシステム障害、サイバー攻撃の有無含め調査

ワールド

ニューカレドニアの暴動で3人死亡、仏議会の選挙制度
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中