コラム

ソーシャルメディアはアメリカの少女たちから何を奪ったか

2016年04月19日(火)16時15分

 女性ジャーナリスト、ナンシー・ジョー・セールス(Nancy Jo Sales) は、約2年にわたり、13~19歳の少女200人以上を取材して『American Girls: Social Media and the Secret Lives of Teenagers (アメリカの少女たち:ソーシャルメディアとティーンエイジャーの隠れた実態)』という本を執筆した。

 この本を読むと、十代の少女にとって、ソーシャルメディアが「見栄の戦い」の戦場になっていることがわかる。彼女たちの「お手本」は、リアリティ番組のスターであるキム・カーダシアンとその姉妹だ。キムは、iPhoneを使った「自分撮り(selfie)」を毎日のようにツイッターしており、ヌードを含む過剰に性的な「自分撮り」をまとめて写真集も出した。4300万人のツイッターフォロワーと写真集のファンの多くは未成年の少女であり、彼女たちはカーダシアン姉妹を真似した写真をスマートフォンで撮影してフェイスブックやインスタグラムに掲載する。その写真に「いいね」を押してもらうことが人生の最大の目的になり、友だちと会っている間も、お喋りよりスマートフォンのチェックに忙しい。そして、「いいね」を押してくれない友だちに恨みを抱く。

 こういう交友関係の歪みやいじめ問題も深刻だが、低年齢のうちにネットで過激な性の情報やポルノに晒されることで、若者たちのジェンダー意識、性行動、人間関係に大きな負の影響が出ている。

 セールスは「ポルノが、少年の少女や女性に対する態度、そして、自分のセクシュアリティに対する少女の見解に与える負の影響を心配する心理学者もいる」と述べていて、「カナダの平均14歳のティーンエイジャーの調査では、少年が頻繁にポルノを鑑賞するのと、彼らが少女を抑えつけてセックスを強要してもかまわないと考えることの間には相関関係がある。アメリカの調査では、11~16歳の間に成人指定映画を多く鑑賞する少年少女は、セクハラをより受け入れやすい傾向がある」という、オーストラリアの心理学者マイケル・フラッドの見方を紹介している。

【参考記事】コロラド乱射事件と、アメリカの「いじめ」問題

 セールスが中学生の少女たちから話を聞いている最中、その1人が同じ学校の男子生徒からスマートフォンでメッセージを受け取った。「ヌード写真を送ってくれ」というのだ。仲が良いわけでもなく、好きでもない少年なのに、少女は「どうしよう?」とためらう。取材を続けていくうちに、セールスは、全米のティーンの間ではこういったやり取りが「ふつう」になっていることを知る。

 男子生徒は、男同士の間での人気を高めるために、より多くの少女のヌード写真を集めようとする。そして、それをソーシャルメディアでシェアし、評価しあう。リクエストされた少女は、断ると「prude(お高くとまっている)」とけなされ、送ると「slut(あばずれ)」の烙印を押されとわかっているので悩む。また、ボーイフレンド(だと思っていた相手)に説得され、「どうせ数秒で消えるのだから」とSnapchatでヌードを送ったところ、スクリーンショットで画像を保存され、学校中の男子生徒にシェアされてしまうというケースも少なくないようだ。

 もっとエスカレートすると、少年たちは酒やドラッグで意識を失った少女をレイプし、そのシーンをビデオに収録して回覧する。そういったビデオや写真が満載されているソーシャルメディアを作り出しているのも、男子大学生たちだ。こういった場では被害にあった少女たちは「slut(あばずれ)」と嘲笑の的になり、加害者の少年たちは英雄気取りだ。その結果、自殺する少女もいる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story