コラム

「ハリー・ポッター」シリーズの新刊フィーバーもこれで見納め

2016年08月05日(金)18時30分

Neil Hall-REUTERS

<シリーズの久々の新刊が先月31日に発売された。内容は舞台の脚本で、ストーリーにも目新しさはないが、ハリーと共に成長してきた若い世代にとっては、世界観を継承した物語は十分満足できたようだ>

 ハリー・ポッターと一緒に成長した20代前半から30歳くらいまでの若者にとって、ハリーやホグワーツ魔法魔術学校(Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry)は、フィクション以上の存在だ。彼らの間では、「あなたはどの寮(house)?」「あら、私もグリフィンドールよ!」「実は僕スリザリンなんだ」といった自己紹介は当たり前なのだ。

 シリーズの最終巻が発売されたのは9年前だが、この世代にとってハリー・ポッターの世界はいまだにリアルだ。その続編『Harry Potter and the Cursed Child』が7月31日に発売されるというニュースが伝わって以来、みな心待ちにしていた。

 だが、今度の新刊はこれまでのシリーズとは根本的に異なる。小説ではなくロンドンで公演される演劇の脚本(リハーサル用で最終版ではない)で、著者はJ・K・ローリングでもない。彼女のストーリーをもとに脚本家Jack Thorneが執筆し、演劇の監督であるJohn Tiffanyが手を加えた。

 物語の設定は、最終巻でハリー・ポッターとヴォルデモートがホグワーツで死闘を繰り広げてから19年後。ロンの妹ジニーと結婚したハリーは、3人の子どもを持つ父親となり、30代後半にさしかかった今は、魔法警察部隊の指揮官として典型的なワーカホリックになっている。長男のジェイムズはハリーの父のように社交的で器用だが、次男のアルバスは内向的で父や兄に引け目を感じている。

【参考記事】リケジョのイメージを超越する、女性科学者の波乱万丈の半生

 アルバスは、初めてホグワーツに向かう列車の中で孤独な少年と出会う。かつて少年ハリーの仇敵だったドラコ・マルフォイの息子スコーピウスだ。ヴォルデモートの忠実な戦闘部隊「死喰い人(death eater)」のひとりだったドラコの息子には、誰も近寄ろうとしない。同情したアルバスは、スコーピウスの隣に座り、そこから彼らの長い友情とクエストが始まる。

 もちろんハリー・ポッターなので、ヴォルデモート復活のおそれといった暗い冒険の要素が入っている。だが、それと同じくらい重要なのが、ハリーとアルバス、ドラコとスコーピウスという2組の父子関係、そして友情だ。

 脚本なので、会話だけで物語が進行する。英語ネイティブではない読者には読みやすい形式だが、シリーズの続編として読むと物足りなさが際立つ。脚本というスタイルの限界のせいか、扱うテーマの掘り下げ方が中途半端で、プロットにも驚きはなかった。

 筆者にはそういう不満が残ったのだが、20代のファンはまったく違った感想を抱いたようだ。

 筆者の娘アリソンとその親友ハナは、5歳のときにハリー・ポッターの初刊と出会い、それからは新刊の発売当日に本を読み、映画は映画館で見たうえでDVDも購入し、ロンドンでハリー・ポッターのツアーに参加し、ユニバーサル・スタジオのアトラクションに行き、ハリー・ポッターのファンフィクションをオンラインコミュニティで書いてきた(そのファンフィクションにもファンがついている)という、筋金入りのファンだ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story