コラム

大統領選の波乱を予兆していた、米SF界のカルチャー戦争

2016年12月20日(火)17時40分

gremlin-iStock.

<ファン投票で受賞が決まるSFのヒューゴー賞で昨年、「反リベラル」作家の作品が候補リストを独占する異変が起きた。文化的多様性を排除して白人至上主義へと繋がるようなこの動きは、今年の大統領選を予期させる出来事だった>

 ヒューゴー賞(Hugo Awards)は、世界中のSFファンが注目するSF、ファンタジー、ホラージャンルの重要な賞だ。

 受賞作は世界SF大会(ワールドコン、 World Science Fiction Convention)に登録したファンの投票で決まり、大会の間に開催される授賞式で発表される。気取った文芸賞とは異なり、批評家ではなくファンが決める賞なので、必ずといって良いほど面白く、ベストセラーにもなる。そういった点で、とても信頼性がある賞だ。少なくとも、2015年まではそうだった。

 ヒューゴー賞の信頼を地に落としたのは、「サッド・パピーズ(Sad Puppies、悲しい子犬たち)」と「ラビッド・パピーズ(Rabid Puppies、怒り狂う子犬たち)」と呼ばれるSF作家の集団だ。

 数年前から、アメリカのSF作家のなかには、最近のヒューゴー賞が、「マイノリティの人種、女性、同性愛者への公正さを重んじるリベラルな政治性を優先して選ばれている」「文芸的な作品が重視され、娯楽的なSFが無視されている」といった不満を持つ者がいた。彼らは、Connie Willis、Jo Walson、Ann Leckieといった女性作家やマイノリティ作家が受賞しているヒューゴー賞が「SJW(Social Justice Warrior、社会的公正の闘志)作家」によって不当に支配されていると信じ、4年ほど前にこれに対抗する集団「サッド・パピーズ」を作った。

【参考記事】トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実

 サッド・パピーズの代表者はLarry Correia というパルプ(大衆向け)SF作家で、同じような見解を持つ作家やファンに呼びかけて2013年のヒューゴー賞で自分や仲間の作品を最終候補に入れるキャンペーンを行った。

 その年と翌年にはあまり成果を出さなかったのだが、2015年にBrad R. TorgersenがCorreiaの後を継ぎ、ビデオゲームデザイナーで編集者でもあるVox Day(Theodore Beale)がサッド・パピーズよりさらに過激な「ラビッド・パピーズ」というグループを作ったころから活動の成果が顕著になった。

パピーズの「正体」

 パピーズに所属する主要な作家は白人男性で、人種差別、男尊女卑、アンチ同性愛の立場も堂々と公言している。彼らは、アメリカのSF界が、白人男性による白人男性のための作品が尊敬される「古き良き時代」に戻ることを望んでいる。

 パピーズ作家のひとりJohn C. Wrightは、「Saving Science Fiction from Strong Female Characters(強い女性キャラクターからSFを救済する)」というタイトルのエッセイを書くほど、「SF界に女は邪魔」と公言する一派だ。男女の役割については「男性のスペースヒーローこそが率先して活躍してヒロインを救う役割であるべき。女性ヒロインは、露出たっぷりのハーレム衣装に身を包むか鎖に繋がれて弱々しくヒーローから救われるのを待つお姫様の役割くらい」といった差別的な意見を持ち、同性愛に関しては「Men abhor homosexuals on a visceral level. (男は、心底ホモセクシャルを嫌悪するものだ)」と書いている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏貿易黒字、2月は前月の2倍に拡大 輸出が回

ビジネス

UBS、主要2部門の四半期純金利収入見通し引き上げ

ビジネス

英賃金上昇率の鈍化続く、12─2月は前年比6.0%

ビジネス

日産、EV生産にギガキャスト27年度導入 銅不要モ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 5

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 6

    キャサリン妃は最高のお手本...すでに「完璧なカーテ…

  • 7

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 8

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 9

    中国の「過剰生産」よりも「貯蓄志向」のほうが問題.…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 4

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 5

    ドイツ空軍ユーロファイター、緊迫のバルト海でロシ…

  • 6

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 7

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 8

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 9

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 10

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story