コラム

白砂青松の海岸林よりも雑木林が津波に強い? 横国大が東日本大震災前後の航空・衛星写真を分析

2023年10月28日(土)09時40分
松林と海

1987年に「白砂青松100選」が選定されるなど、海岸のクロマツ林は日本の原風景として定着している(写真はイメージです) scott mirror-Shutterstock

<横浜国立大・佐々木雄大教授らの研究チームが、東日本大震災で津波被害を最も受けた宮城県の海外林を対象に、津波到達前後の航空・衛星写真を用いて、被害程度や樹木の分布状況を評価した>

海岸林(※海岸防災林、防潮林などとも呼ばれる)は、日頃の防風や防砂の機能だけでなく、津波や高潮の勢いを弱め、沿岸部の住宅や農地への侵入を防ぐ役割があることが知られています。とりわけ、約1万6000人の死亡者の9割が津波被害によるものだった2011年の東日本大震災を契機に、津波被害を最小限に抑える海岸林の樹木構成について注目されるようになりました。

海岸林は大きな津波の発生時に、流れに対する抵抗となって津波エネルギーを減衰させたり、船などの漂流物を押し留めたり、居住区域に津波が到達する時間を遅らせたり、津波にさらわれた人がすがりつく対象物になったりすることで、防災に貢献すると考えられています。一方、東日本大震災で起きたような巨大な津波では海岸林は無力であり、それどころか倒されたり切断されたりした樹木が新たな漂流物となってさらなる被害を生むという意見もあります。

どのようにしたら津波に強い、頑丈な海岸林を作れるのでしょうか。これまでの研究では、コンピューターのシミュレーション計算によって「単一種よりも複数の樹木を混交した海岸林のほうが、風や津波などの攪乱に対する脆弱性が低い(風や津波に対して頑丈)」と示されていましたが、実際に単植海岸林と混交海岸林との間で津波による被害程度を比較した研究はほとんどありませんでした。

横浜国立大学大学院環境情報研究院の佐々木雄大教授らの研究チームは、東日本大震災で起きた津波前後の海岸林を衛星写真や航空写真で評価しました。その結果、クロマツと広葉樹の混交海岸林はクロマツ単植海岸林よりも津波による樹木の減少割合が小さく、津波に対して頑丈である可能性が示唆されました。詳細は自然災害に関する学術誌「Natural Hazards」オンライン版に16日付で掲載されました。

日本では古来、海岸にクロマツが意図的に植えられて「白砂青松」の景勝地を作ってきました。海岸林は、本当は雑木林のほうがよいのでしょうか。日本の海岸林の歴史についても概観しましょう。

8世紀の書物に記録が

山が多く平地が少ない日本では、古くから人口が沿岸部に集中し産業が発達しました。けれど、自然災害の多い我が国では、台風による高潮や地震による津波によってしばしば大きな被害を受けました。

海岸近くの林が風や砂、波を防護する機能を持つことは、古くから経験的に知られていたようです。植林によって意図的に海岸防災林が作られた記録が書物に現れ始めたのは、8世紀頃です。常陸風土記(721年)によると、慶雲年代(704〜707)の若松浦の松原(茨城県神栖市)は、防砂機能のため伐採が禁じられていました。室町時代(14~16世紀)には、長崎や土佐にクロマツ林が植栽されたといいます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、年内利下げをなお確信 時期は

ビジネス

中国自動車販売、4月は前年比5.8%減 NEVの割

ビジネス

ホンダの今期、営業益予想2.8%増 商品価値に見合

ビジネス

最近の円安の動きを十分注視、政府・日銀は引き続き密
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 4

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 7

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story