コラム

マリッサ・メイヤーは子育てなんかしない

2012年07月27日(金)13時13分

マリッサ・メイヤー    超エリート 「仕事と家庭の両立」なんてとうに超越したマリッサ・メイヤー
    Robert Galbraith-Reuters

 グーグル前副社長のマリッサ・メイヤーが、10月に出産を控えた身でヤフーのCEOに就任したことがメディアをにぎわせている。

 その内容は実に多様だ。「子育てと企業経営を同時にこなすなんて凄い」という至極素直な反応に始まって、「女性だってすべてを手に入れられることを証明した」「これですべての女性の立場が向上する」という女性の権利推進の立場からの称賛、あるいは逆に「男性ならもうすぐ子供が生まれることなど話題にしならないのに、ことさら取り上げるのは女性蔑視」という反発もある。

 実にいろいろな意見があるものだが、一つ肝心なことを忘れていませんか?と言いたくなる。それは、シリコンバレーにやってきて私がびっくりした、「(キャリア以外の)人生を丸ごとアウトソースする」ハイテク長者たちの生活のあり方だ。

 この地域である程度の資産や収入のある家庭では、掃除や洗濯を自分でやっている女性は少ない。その女性が仕事を持たない専業主婦であってもだ。企業に勤めるキャリアウーマンならばなおさらだ。掃除、洗濯の他にもアウトソースするものはいろいろあって、毎週の庭の手入れやプールの掃除、ホームパーティー用にケータリングや出張シェフを頼むぐらいは当たり前。買い物も、日常的な食料品の買い出しから、衣類などのショッピングまで、何でもアウトソースできる。

 子育ても、その例外ではない。仕事を持つ女性である程度の収入があれば、必ずと言っていいほど子守を雇う。通いの場合もあれば、住み込みもある。収入と忙しさ、そして子供の数によって雇い方は決まる。

 子育てという人生の一大事から雑用まで他人任せにして、自分は「マネージ(管理)」だけをする。何曜日は何時から誰が来る、という人繰りの調整、仕事ぶりのチェック、そして支払いだ。まさにオフショアリングのアウトソース管理のようなもの。もちろん、このマネージ部分もアウトソース可能。超裕福な家ならば、パーソナル・アシスタントが一切を切り盛りしているはず。

 つまり、マリッサ・メイヤーは確かに子供を出産するが、自分でつきっきりで育てたりなんかしないのだ。

 あくまでも想像に過ぎないが、彼女ならば住み込みの子守を雇うだろう。それも一人ではなく、リスクヘッジのために2人かそれ以上かもしれない。その子守(たち)が朝から晩まで子供の世話をする。おしめを替えたり、一緒に遊んだり、散歩に行ったり。時にはオフィスへ子供を連れて行って、多忙な母親に会わせたりするかもしれない。もし出張に子供を連れて行きたいということになれば、子守が赤ん坊を抱いてついてくる。だからこそ、心置きなく仕事に専念できる。

 もちろん、心理的な負担は無視できない。いくらアウトソースしたと言っても、子供と一緒にいられなくて辛いとか、子供に申し訳ないという感情がわき起こってくるのは、止められないだろう。心の中で大きな位置を占めるのは、やはり子供のことなのだ。

 それでも、家族や保育園に預けた子供を仕事の帰りにピックアップし、帰宅して夕食を作り、入浴させて寝付かせるともうグッタリ、といった「普通の」母親たちとは比べものにならない恵まれた環境だ。

 ヤフーCEOとしてのマリッサ・メイヤーの年俸は100万ドル、ボーナスが200万~400万ドル、業績次第でさらに最高400万ドルが入る。他に彼女がももらうヤフー株やグーグルからの移籍金などを合わせると、5年間で7000万ドルの報酬を得る計算になる。それも、グーグル時代に築いた数億ドルの資産の上に。だから、人生をすべてアウトソースしたとしても、懐はまったく痛まない。

 マリッサ・メイヤーのケースが示唆するのは、「アメリカで成功を収めれば、自分を前進させるための環境がさらに整う。それは女性であっても変わらない」ということだ。「仕事と子育ての両立」みたいな話は、とうに超越した世界なのだ。

 本当に議論すべきは、成功していない女性たちの環境を少しでも楽にし、成功に手が届くようにするにはどうすればいいのか、であるはずだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、FRB当局者は利下げに慎

ワールド

米、ウクライナ軍事訓練員派遣の予定ない=軍制服組ト

ビジネス

米国株式市場=ナスダック最高値、エヌビディア決算控

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story