コラム

「NO」と言えなかった石原慎太郎

2022年02月15日(火)20時18分
石原慎太郎

2012年11月、日本維新の会代表だった石原慎太郎 Issei Kato-REUTERS

<保守界隈にとって、石原慎太郎は夕刻の太陽であった>

(文中敬称略)

石原慎太郎は保守界隈にとって、文字通り太陽であった。が、2002年から勃興し始めたネット保守にとって、石原は太陽ではあったものの、それは夕刻の太陽であった。つまり旬の人ではなかった。石原の死後、90年代以降の日本の右傾化や、特にゼロ年代から顕著となるネット空間における右傾化に対して、石原が一定程度の影響を与えたかのように言う向きもあるが、私からしたら全くピント外れである。

とりわけ90年代末期からゼロ年代初頭の保守界隈に影響を与えたのは石原ではない。それを言うなら圧倒的に小林よしのりや「つくる会」であり、この時期タカ派議員として最も人気が高くスターだったのは、石原ではなく旧民社党系(のち民主、維新などを経由)の西村慎吾であった。

それでも古参の保守派にとって、石原は「戸塚ヨットスクールを支援する会」


(...注*戸塚ヨットスクールを支援する会とは、創始者・戸塚宏のある種のスパルタ教育によって、訓練生ら4名などが死亡した1982~83年の事件"刑事事件"で戸塚が世間から弾劾されたため、主に保守系の著名人らが戸塚らを応援するために作った団体)

に名を連ねた(会長)ことを以て思慕するケースが多いが、それは巨視的に見ればマイナーケースであり、ゼロ年代以降のネット保守は、嫌韓・嫌中の完全なる一本槍であって、戸塚ヨットスクールはおろか、石原が参画した「青嵐会」前後から始まる反田中(角栄)の自民党抗争史にも概ね無関心か無知であった。

石原自体がネットでのツール、とりわけSNSや動画チャンネルを使った発信を、直接個人としては原則行わなかったこともあり、石原はネットが主力となったゼロ年代以降の保守界隈では「点景」にすぎなかった。石原という夕刻の太陽が、ネット保守と完全に接触して、「午前5時の太陽」になったのは、石原都政の後半にあたる2012年4月、石原自身が尖閣諸島の地権者から東京都として同島の地所を買い取る構想をぶち上げた時である。石原は購入に際して基金を立ち上げ、全国から浄財を募った。これがネット上で大拡散され、同基金には約14億円以上のカネが集まった。この時になってようやく、ネット保守と石原は接続したのである。

今思えば、尖閣諸島を東京都が買ったところで何に資するのか良くわからない。ある種の護岸施設、ある種のヘリポート、ある種の定住施設等建設に向けた期待が膨らんだが、当時の民主党政権はこの石原の動きを警戒し、石原より先回りして尖閣地権者と交渉して売買契約を結び、同島を国有化した(尖閣諸島国有化)。この急速な動きが、結果として現在につながる日中間の尖閣を巡る対立の近視眼的出発点になったのは皮肉である。尖閣に対する明確な実効支配の積み上げを、結果としてネット保守・保守界隈を鼓舞することで石原が企図した結果、現在では真逆のことになってしまったのだから。

『「NO」と言える日本』は、反米本でも日本スゴイ本でもない

石原のタカ派としての政治信条が、人口(ひとぐち)に膾炙される契機は、間違いなくソニーの盛田昭夫との共著本『「NO」と言える日本』(光文社、1989年)である。この本のミリオンヒットを、後世所謂「日本スゴイ本」の中興のようにしていう人がいるが、それもまた私からしたらピント外れである。

プロフィール

古谷経衡

(ふるや・つねひら)作家、評論家、愛猫家、ラブホテル評論家。1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。2014年よりNPO法人江東映像文化振興事業団理事長。2017年から社)日本ペンクラブ正会員。著書に『日本を蝕む極論の正体』『意識高い系の研究』『左翼も右翼もウソばかり』『女政治家の通信簿』『若者は本当に右傾化しているのか』『日本型リア充の研究』など。長編小説に『愛国商売』、新著に『敗軍の名将』

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア軍の上陸艇を撃破...夜間攻撃の一部始終

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story