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焦点:岡山・真備町襲った洪水、現実となった住民の長年の懸念

2018年07月16日(月)22時01分

 7月16日、今月西日本を襲った豪雨は、洪水や崖崩れを引き起こし、200人以上が死亡、数十人が行方不明という36年ぶりの大災害となった。中でも真備町は最も被害の大きかった地域で、倉敷市全体の死者数51人のほとんどを占めた。同町で9日撮影(2018年 ロイター/Issei Kato)

[真備(岡山県倉敷市) 16日 ロイター] - 今から45年前、芥川勲氏(79)が真備町に引っ越して来た時、この町は子育てに最適な場所だと思った。倉敷市まで車で通勤できて、土地は手頃な価格だった。小田川から2キロほど離れた土地に家を建てた際、その前年に洪水があったことは聞いていたが、地元の議員や長老が水害の危険性について警告を始めるまで、それほど気にはしなかった。

「前から言われていた。小田川の堤防は、決壊しますよっていうことは聞いていた」。芥川氏は自宅のリビングから泥を掃き出しながら語った。自宅は町の堤防が決壊した今月の豪雨で、浸水した。

西日本を襲った豪雨は、洪水や崖崩れを引き起こし、200人以上が死亡、数十人が行方不明という36年ぶりの大災害となった。

中でも真備町は最も被害の大きかった地域で、倉敷市全体の死者数51人のほとんどを占めた。真備の4分の1以上が浸水、水の深さは最大で4.8メートルに及んだ。

真備町の住民や自治体、専門家へのインタビューなどから、多くの死者を出した背景には、いくつもの原因が重なっていたことが分かってきた。

治水対策は最初の計画から何十年も経過したが実行されず、住民はリスクに関する警告を的確に理解できず、最も被害の大きかった地域に避難指示が出されたのは、堤防が決壊する4分前だった──。

「県議の方とか市議の方に一生懸命働いてもらって、何とか(川の)流れを変えようとしてきた」と芥川氏は言う。現在の河川整備計画は2010年に策定され、今秋に着工される予定だった。「もうちょっと早く、もう4─5年早かったらこういうことにはならなかった」と語った。

倉敷市では2005年以降、国土交通省に対し、整備工事を始めるよう毎年働きかけてきたという。しかし、国にとって優先度が高いとは認識されなかった。

倉敷市防災危機管理室は、ロイターの取材に対し、国交省は全国各地からのこうした整備事業の要望を受けて優先順位を判断しなければならない、とし、政府に理解を示した。

国交省中国地方整備局の山内洋志・河川調査官は、2014年の小田川付け替え事業について、適切な手続きに従ったとしたうえで大規模河川整備事業は、通常、長い期間がかかる、と述べた。

岡山県議会議長を勤める高橋戒隆氏は、河川工事が遅れた背景には、予算の縮小もあると指摘した。真備町で育った高橋氏は長年、洪水対策の重要性を訴えてきた。ロイターの取材に対し「自分が国を動かせなかったという無力感がある。住民の方々に対して申し訳ない。何とか間に合ったら、こんなことになっていなかったのに」と声を詰まらせた。

石井啓一国土交通相は13日の会見で、今回の豪雨で倉敷市に大きな被害が出たのは、与党の政策が間違っていたためで「人的災害」だったのではないかとの質問に、直接答えることはしなかった。

菅義偉官房長官は、12日の会見で「このような豪雨による被害を少しでも減らすために政府がどのようなことを行うことが必要なのか、改めて検討する必要がある」との認識を示した。

<最初の計画から数十年も経過>

真備町の住民の多くは、大きな水害のあった1972年と76年以降に、2つの川にはさまれたこの地域に引っ越してきた。お年寄りは洪水のリスクを認識していたが、床上までの浸水は経験しなかったと言う。真備町は、倉敷市中心部に通う「新住民」のベッドタウンとして人口が増加した。

倉敷市の河川整備計画は、過去50年にわたり様々な経緯で変遷してきた。岡山河川事務所によると、最初の計画は1968年まで遡る。

小田川と高梁川の合流地点付近で、治水のために貯水池をバイパスとし、同時に堰を作って用水を確保する計画だった。

しかし、地元の一部の反対などがあり計画は進まず、2002年までには、用水の需要が減ったことから、いったんこの事業は中止となった。

過去20年間、全国的に公共事業への支出は大幅に削減されてきた。1999年度のピーク時には14.9兆円だった公共事業費は11年度に5.3兆円まで減少し、今年度は6兆円だった。

2014年にようやく280億円の予算がつけられた小田川と高梁川のバイパス事業は、完成まで10年が予定され、今年の秋から工事に入る予定だった。

<ハザードマップ>

政府は2005年、各地方自治体に浸水のリスクと避難所の場所を示す「ハザードマップ」の公表を義務付けた。

倉敷市でも2年前、ハザードマップが作られた。この地図上で、真備の大部分は紫色で塗られている。洪水が起きた場合、浸水する可能性が高いことを示す。

そして、この紫色の地域は、実際に今回の豪雨で浸水した地域とほぼ重なる。しかし、真備の住民に、このハザードマップは周知されていなかった。

気象庁によると、7月6日の1日の降水量は138.5ミリ、倉敷市としては観測史上2番目の多さだった。7日未明、小田川と高馬川の3カ所で堤防が決壊し、真備に水が流れ込んだ。

倉敷市のハザードマップは降雨量の少ない地域であることを前提に作られている。岡山県のホームページは「晴れの国、おかやま」として、年間を通じて雨が少なく、日照時間が多いとことを伝えている。

ただ、同時に河川が短く急な斜面を流れていることから、いったん大雨が降ると洪水が起こる危険があるとも示されている。 

浸水した家からボートで救助されたある80歳の男性は、ハザードマップについて「役所から来た何かのお知らせの1つだと思った」と話した。「水がすごい速さで上がってきた。警戒が足りなかった」。

<堤防決壊4分前の避難指示>

国交省は2015年に「水防災意識社会再構築ビジョン」を策定したが、避難勧告・指示に関しては地方自治体に任せられた。

伊東香織・倉敷市長が、最初の避難指示を小田川の南側の地区に出したのは7月6日午後11時45分。7日の午前1時30分には町の拡声器、携帯電話のメール、テレビ、ラジオを通じて小田川北側の住民に避難を指示した。

小田川北側の地区に避難指示が出されたのは、小田川に流れ込む高馬川の堤防が決壊する4分前だった。

伊東市長は会見で、避難指示のタイミングについて見解を聞かれ、河川の状況を見ながら基準に従って指示を出したと述べた。

真備の住民の1人、山下篤志氏(63)の家族は避難できたものの、近所に住む90代の男性に、小田川からわずか数十メートルの自宅から避難するよう説得することはできなかった。その後、この男性の死亡が確認された。

がれきの積まれた自宅の前で、山下氏は「また、同じようなことが数年であるかもしれない」と話す。「妻は、もうここには住めないかもしれないって言っている」と述べ、うつむいた。

(Mari Saito, Linda Sieg, 宮崎亜巳 編集:田巻一彦)

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