コラム

研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか

2019年07月10日(水)11時45分

筆者の書斎の本棚(筆者提供)

<亡くなった研究者やビブリオマニアの蔵書はどこへ行くのか。必要としているところに受け継がれるシステムはできないものか。数カ月前、ある亡くなった研究者の蔵書処分を手伝うことになった>

「大きな研究成果を上げて将来を期待されながら、自ら命を絶った女性がいる。享年43歳。多くの大学に就職を断られ、追い詰められた末だった」

これは、今年4月10日に朝日新聞が報じた、ある女性研究者の自殺に関する記事冒頭である。記事によると、彼女は東北大学で日本の仏教史研究で博士号を取得し、受賞経験もある、将来を嘱望された研究者だったという。彼女の自殺自体は2016年で、直近の話ではなかったものの、事件の痛ましさもあって、記事は、似たような境遇にある人、また似たような経験を経た研究者たちに大きなインパクトを与えた。

私も大学の教員やシンクタンクの研究員という研究の道を歩んできたので、事件は他人事ではない。彼女のように、自分の専門分野を深く掘り下げていく姿勢と比較すると、食べるためとはいえ、あちこちで日和ってしまった自分自身を情けなく思うこともある。

若手研究者の就職問題をとやかくいうことはできないが、この朝日新聞の記事を読んだときに、もう一つ感じた不安がある。私は、この記事を同紙の電子版で読んでいたのだが、その電子版には、多くの資料(書籍)が残された、女性の部屋の写真が何枚かカラーで掲載されていたのだ。

私自身が不安に思ったのは、この残された資料の行く末である。私も2年前に母を亡くし、その遺品整理にはだいぶ手を焼いた。しかし、研究者の死というのは、そのあとに残された膨大な量の本の処理を考えると、単なる遺品整理ではない、いろいろやっかいな側面がある。

「無料でお譲りしたい」大学院生に頼み、ツイッターでも宣伝した

数カ月前のこと。何年かまえに亡くなられた中東研究者の蔵書を、ご遺族が処分したいというので、ひょんなことからお手伝いすることになった。最近では、亡くなられた研究者の蔵書を、勤務先の大学やら研究機関が「~先生蔵書」として丸ごと引き取って、図書館に入れてくれることもほとんどなくなったらしい。相当えらい先生であれば、引き取ってくれることもあるが、それでも「選書」して、重複した本やどうでもいい本を除いてからだという。

そして、その手間がまた大変で、とくにわれわれのような地域研究者だと、外国語の本ばかりで、その価値も不明だし、仮に図書館に納入したとしても、その整理がまた輪をかけて面倒というぐあいで、図書館側も二の足を踏むらしい。

その研究者の蔵書は、丸ごと自宅に残ったままであった。通常なら、古本屋に委託して、全部引き取ってもらうしかないのだが、ご遺族の意向で、もし若い研究者で必要な本があれば、無料でお譲りしたいというので、若くもないが、品定めもかねて自宅にお邪魔することとなった。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

IMF経済見通し、24年世界成長率3.2% 中東情

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック続落、金利の道筋見

ビジネス

NY外為市場=ドルが対円・ユーロで上昇、FRB議長

ビジネス

制約的政策、当面維持も インフレ低下確信に時間要=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story