コラム

新疆ウイグル問題が暗示する民主主義体制の崩壊......自壊する民主主義国家

2020年11月13日(金)14時30分

これまでの民主主義は新しい技術や仕組みを取り入れるのが困難

これに対して中国を中心とするグループは政府のデジタル権威主義の中に全てを取り込んでいるため、大きな遅延なく新しい技術を反映した政治、施策を打つことができる。中国の山東省浜州市ではVRを利用して忠誠心を確認しているほどだ。権威主義は監視資本主義と相性がいいのでデジタル権威主義に進化したが、これまでの民主主義は監視資本主義とは価値観が異なるため相性が悪く混迷している。

そもそも監視資本主義は時代から取り残された民主主義国家で、法規制の隙間をついて暴利を貪るために生まれた徒花である。「監視資本主義」という言葉を世に出したShoshana Zuboff、元ケンブリッジ・アナリティカメンバーだったクリストファー・ワイリー、オクスフォード大学のThe Computational Propaganda Projectのリサーチ・ディレクターでデジタルプロパガンダの研究者であるSamuel Woolleyのいずれもが法規制の必要性を説いている。民主主義には正しく技術を利用するための体制ができていないのだ。そして法規制の前に社会そのもののあり方を見直す必要がある。

これまでの民主主義は、構造的に新しい技術や仕組みを取り入れるのが困難であり、その問題が近年になって露呈しているのはIT技術がこれまでにない速度で発展し、社会への影響力を強めているからである。構造的に追いつくことができない以上、民主主義のあり方を変えなければ社会の仕組みが崩壊する。いずれにしても今の従来の形で民主主義を存続させることは難しい。

民主主義国家の自壊

民主主義の衰退を招いているのは、中国を中心とする権威主義の台頭ではない。あくまで結果として、そうなっているだけで、新しい民主主義の姿を提示できないために、自壊していると考えた方が自然だ。さもないと我々は、「正しいのはこちらのはずなのに、多数決では常に負ける」状況を何度も目にすることになり、気が付くと経済制裁も効果がないほどに相手の経済規模が拡大し、圧倒されている世界を遠からず目にすることになる。繰り返しになるが、すでに人口では民主主義は過半数を割っている。しかも大幅な人口増加が予想されているのは主として非民主主義の国々だ。放置すれば世界がどうなるかを予想するのは難しくない。

民主主義を守ろう! 民主主義が危機に瀕している! という声をよく聞くようになった。しかし必要なのは新しい民主主義を作ることだ。これまでと同じ民主主義を守ることは困難であり、この状況を打開することはできない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン・トランプ候補、6月27日にTV討論会で対

ワールド

スロバキア首相銃撃で負傷、生命の危機脱する 「政治

ビジネス

GDP1─3月期は2四半期ぶりマイナス、年率2.0

ビジネス

日本郵政、アフラックを持ち分法適用会社に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story