コラム

選挙が民主主義を殺す──世界3大民主主義国で起きていることは日本でも起きている

2021年01月25日(月)15時30分

これらの問題はSNSの普及によって増幅された。SNSは負の感情を刺激する発言をより多く、より速く、より広く拡散することで、有権者をより過激にし、分断を進めた。中でもツイッターはより効果的と判断されているようだ。

選挙は民主主義の根幹である。それが成り立たないなら民主主義は壊れるのは当然である。前掲の『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』では、法制度以上に"柔らかいガードレール"が民主主義を守ってきたという。"柔らかいガードレール"とは法律や制度に規定されていない規範や倫理的基盤である。

そして、"柔らかいガードレール"が成立していた背景には、異なる政治的信条を持つ政党あるいは政治家の間でも、党派の利益よりも民主主義的価値を優先する相互的寛容があった。政治家にも自制心があり、強大な権力を濫用する者は少なかった。相互的寛容と自制心こそがアメリカの民主主義を守る"柔らかいガードレール"だった。

それでは、政治の場に相互寛容と自制心を取り戻し、"柔らかいガードレール"を回復することで民主主義は機能するようになるのだろうか? あるいは原因となったSNSを規制あるいは排除すればよいのだろうか?

私見であるが、おそらくそうではない。そもそも民主主義そのものに関心を持ち、進歩させようとする人間が少ない。選挙や問題が起きた時に話題になるくらいだ。その意味では、「民主主義の危機」や「民主主義の衰退」は、負の感情を刺激するキーワードのひとつにすぎない。以前、「民主主義の危機とはなにか?」(2021年01月02日)にこのように書いた。

「主としてアメリカによって民主主義は理想的な制度と認識されるようになり、アメリカを中心とする各国が2000年代頭まで振興を続けた結果、世界の主流となった。しかし、その後アメリカは民主主義の振興から手を引き始める。これに前に述べたSNSの普及や中国の台頭、ポピュリストの台頭などが加わり、世界的に民主主義国の数やスコア(民主主義指標)は減少し、2006年以降民主主義の後退が始まった。資本主義が充分に発達し、金融資本主義へと移行し、民主主義に悪影響を与え始めたことも要因のひとつだ。コロナによってさらに後退は加速している。

後退の原因のひとつがアメリカの外交政策の変化にあったこともあり、アメリカの民主主義の再生と対中国政策を中心とする民主主義再生策が提案されることが多いが、民主主義そのものよりもパワーバランスと経済の話でしかないように見える。

民主主義を建て直すなら本質的な課題に向き合う必要がある。たとえば世界のほとんどの選挙で採用されている多数決には科学的、合理的根拠はなく、「文化的奇習の一種」にすぎない(多数決を疑う――社会的選択理論とは何か、岩波書店)。同様なことは司法や行政の意志決定についても言える。民主主義の基本的な課題に向き合ってこなかった結果、基盤の部分はフランス革命の頃からあまり進歩していない。民主主義の根幹についての研究と改善を怠ってきたツケがSNSによって噴き出し、権威主義諸国から攻撃を受けている以上、ここを見直し建て直さなければいけない。

だが、気の滅入る話ばかりではない。台湾のように新しい民主主義に果敢に挑戦している国もある。民主主義が我々の社会に必要と考えるなら、新しい民主主義像を造り出し、共有することが必要だ。繰り返しになるが、今の民主主義は基盤となる選挙から論理的に破綻している。SNSがその脆弱性を暴いてしまった以上、このまま維持することはできない。

忘れてはならないのは、アメリカ、インド、インドネシアで起きたことは日本でも現在起きつつあるということだ。同じことは世界のほとんどの国で起きているのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

銃撃されたスロバキア首相、手術後の容体は安定も「非

ワールド

焦点:対中関税、貿易戦争につながらず 米中は冷めた

ワールド

中ロ首脳会談、包括的戦略パートナーシップ深化の共同

ビジネス

東芝、26年度営業利益率10%へ 最大4000人の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story