コラム

イーロン・マスクはジオン・ダイクンの夢を見るか?──ビッグテックが宇宙を目指すほんとうの理由

2021年11月11日(木)18時00分

アマゾンのジェフ・ベゾスは宇宙にコロニーを作って地球を守ろうという...... Blue Origin

<ビッグテックは新しい世界を拓こうとしているが、それは決して人類の可能性を追求するためではない......>

ジオン・ダイクンは正確には、「ジオン・ズム・ダイクン」という機動戦士ガンダムシリーズの登場人物だ。登場回数は少ないものの、作品の背景となるジオニズムと呼ばれる思想を提唱した重要人物である。宇宙移民の独立を訴え、宇宙時代に合った新しい人類=ニュータイプの誕生を予言した。くわしい説明は省くが、宇宙時代における新しい思想と国家のあり方を提示した人物と言ってよいだろう。

機動戦士ガンダムシリーズは、宇宙移民と地球連邦との対立という比較的古典的な構図で成り立っているが、現実の世界では国家とならぶ地政学上のアクターとなったビッグテックが事業拡大の一環として宇宙に触手を伸ばし始めている。宇宙への進出と脳とコンピュータのリンクを実現しようとしているイーロン・マスク(世界一の富豪であり、ビッグテックの代表的人物)の姿は、ジオン・ズム・ダイクンに重なって見える。

ビッグテックは国家なみの地政学上のアクター

政治学者でユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマーが、ビッグテックによって世界のパワーバランスが再構成されるという論考を発表した。この記事で彼が言わんとしていたのは、ビッグテックはすでに国家と同等かそれ以上の影響力を持つにいたっており、地政学上重要なアクターとなったことだ。現在はまだビッグテックもいまだに特定の国家に縛られているが、メタバースや宇宙進出などによって国家とは異なる形でより強大な力を持とうとしていると指摘している。

アマゾン、アップル、フェイスブック、グーグル、ツイッターは、これまで国家が独占してきた社会、経済、国家安全保障などの分野で重要な役割を果たしている。たとえば2021年初頭に起きたアメリカの議事堂襲撃ではフェイスブックやツイッター、アマゾン、アップル、グーグルはアメリカ当局よりも早く事態に対応していた。フェイスブックは2016年以来、安全保障上の脅威となったネット世論操作の温床として何度も議会でしぼられている。昨年、ロシアのハッカーが米国の政府機関や民間企業に侵入した際、侵入を最初に発見したのは、政府の安全保障機関ではなくマイクロソフトだった。

1999年に発表された中国の『超限戦』にはこれからの戦争ではあらゆるものが兵器となり、あらゆる組み合わせでの戦争が起こると書かれている。その言葉通り、国家対テロリスト、国家対企業といった組み合わせで、ネット世論操作、サイバー戦、経済戦争が勃発し、社会に大きな影響を与えるようになった。

今回、イアン・ブレマーが指摘したのは、企業が国家と戦争できるアクターとなっていることを認識し、そのための新しい枠組みを用意すべきということだ。イアン・ブレマーは、米中対立に関する分析の多くが国家主義的なパラダイムにとらわれており、企業がそれぞれの走狗に過ぎない扱いになっているのはおかしいと言う。ビッグテックは国家の決定に関与するまでになっているうえ、国家の手がおよばないネットワーク世界を掌握している。

過去にも東インド会社やオイルマネーのような地政学上のアクターとなり得る企業は存在した。しかし、それらとビッグテックが決定的に異なるのは、ネットを使うことで地球上の何十億人もの人々の生活、人間関係、安全保障、さらには思考パターンにまで直接影響を与える力を持っていることだ。中国やロシアはサイバー主権を主張しているが、ビッグテックはすでに自分たちの領域でじゅうぶんな支配力を行使している。

近年ではリアルのモノとの関わりも多くなり、社会のインフラも支配しつつある。さまざまな生産や物流などに不可欠になりつつあるクラウドはわずか数社のビッグテックに握られているし、スマホは事実上アップルとアンドロイドの寡占状態だ。しかし、それにも関わらずビッグテックを地政学上のアクターとして分析する方法論は確立されていないのだ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=最高値更新、CPI受け利下げ期待高ま

ビジネス

米シスコ、5─7月期売上高見通し予想上回る AI支

ワールド

ニューカレドニアに非常事態宣言、暴動の死者4人に 

ワールド

再送-EU、ジョージアに「スパイ法案」撤回要請 「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story