コラム

イスラム圏で広がるコロナ陰謀論──反米イデオロギーを優先させる宗教指導者

2020年03月31日(火)19時05分

感染拡大を受けて個別に礼拝するイスラム教徒(3月17日、テヘランのモスクにて) WANA (West Asia News Agency)/Ali Khara via REUTERS

<1月から2月にかけてイスラム諸国に広まっていたコロナウイルス神罰説。ところが感染症の猛威が中東に及ぶと、生物兵器説がそれに取って代わった>

「これが生物兵器攻撃である可能性を示す証拠がある」。イラン最高指導者ハメネイ師は3月12日、新型コロナウイルス感染症の流行についてこのようにツイートした。

イランでは革命防衛隊司令官らもコロナ生物兵器説を公然と唱え、アメリカを名指しで非難してきた。前大統領のアハマディネジャドはWHOに「コロナを製造し拡散させた研究所を突き止めてほしい」と嘆願書を送った。

1月から2月にかけてイスラム諸国に広まっていたのはコロナ神罰説だ。ウイグル人ムスリムを迫害してきた中国に神が罰を与えた、という説が盛んに唱えられた。ところがイラン中部のコムを拠点とする宗教指導者モダッレシ師は、神罰説を唱えた動画をインターネットに投稿した後、自らコロナに感染した。コロナ流行がイスラム諸国にも拡大するに伴い、神罰説に代わって生物兵器説が浮上した。

陰謀論だと一笑に付すべき問題ではない。アメリカやイスラエルでワクチンの開発や治験が進むなか、イラク議会第1党を率いるイスラム教シーア派の指導者サドル師は、コロナを世界に拡散させたのはトランプ米大統領と仲間たちであり、「われわれはおまえたちのもたらす治療など欲しくはない」とツイートした。ハメネイ師も3月22日のテレビ演説で、「あなた方はイランでウイルスをさらに拡散させる医薬品を送ってくる可能性がある」などと述べ、アメリカからの支援の申し出を拒絶した。ツイッターでは「ハメネイ・ウイルス」とハッシュタグを付けたハメネイ批判が拡散した。

トルコやシリアでも陰謀論を唱えたり、アメリカやイスラエルのワクチンや薬を拒否したりする発言が相次いでいる。信者の命より陰謀論や反米イデオロギーが優先される状況は大いに懸念される。

3月16日以降、イスラム諸国では次々とモスクが閉鎖され集団礼拝が禁じられた。ムスリム世界連盟の事務局長ムハンマド・アル・イーサ師は、パンデミック時にはあらゆる集会が例外なく禁じられるべきであり、集団礼拝の停止はイスラム法的な義務であるとコメントした。

一方、中東で最も多くのコロナ感染者・死者を出しているイランではこの日、政府が閉鎖を命じた北東部マシャドのイマーム・レザー廟とコムのマアスマ廟の前に、廟閉鎖に激怒した人々が殺到した。イマーム・レザー廟の前では宗教指導者が「世界の健康などどうでもいい。彼らは不信仰者、ユダヤ人だ」などと演説を行い、マアスマ廟には人々が錠を破って突入しわれ先にと墓の周囲の金属柵に口づけした。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ドイツと中国、自動車データ共有に関する共同宣言に署

ビジネス

午前の日経平均は反発、米株先物しっかりで切り返す 

ワールド

米・イタリア、誤情報対策で協力 ロシア念頭に新たな

ワールド

豪就業者数、3月は予想外の減少 失業率3.8%に上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像・動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 5

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 6

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    対イラン報復、イスラエルに3つの選択肢──核施設攻撃…

  • 10

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story