コラム

増税延期に使われた伊勢志摩「赤っ恥」サミット(前編)

2016年06月03日(金)17時30分

「謎」の資料について。端的に何が問題かと言えばデータを使用して説明する経済分析の因果関係が滅茶苦茶ということに尽きます。これが「そもそも論」のその②と関係することでもあります。言った・言わないの次元にあらず。

 提出された資料のグラフはIMFが公表しているコモディティ・プライス・インデックス(商品価格指標)が出典元であり、何ら怪しいデータではありません。IMFのHPで公表している月間データを使えば誰でもグラフを再現することができます。

 リーマンショックは2008年9月15日に米投資銀行のリーマン・ブラザーズが経営破たんをし、金融危機のトリガーとなった事象です。今回資料を使用した目的は「リーマンショック前後」の中国など新興国を含む世界の景気後退の根拠として示したかったようです。ちなみに、IMFによれば中国の2008年のGDPは9.6%、2015年は6.9%、2016年の予想は6.49%となっています。

 既に複数の有識者が指摘されているように、リーマンショックは何も世界景気が後退したから発生したわけではなく、レバレッジをかけ肥大化し過ぎたサブプライム・ローンに代表される「証券化商品」の大暴落によって誘発されたもので(原因)、金融危機が波及し市場の流動性が急激に枯渇する中、慌てて投資・投機資金が各市場から撤収したため商品価格が下落(結果)したものです。商品価格の下落が金融危機を引き起こしたわけではありませんので、資料を使った説明では因果関係がむしろ逆。

 因果関係が無茶苦茶なのは今に始まったことではありませんが(景気が良くなれば結果としてインフレにもなり得るということに過ぎないにも関わらず、モノの値段だけ上がる国民経済にとっては悪いコスト・プッシュ・インフレと、需要増がモノの値段を引き上げ景気の好循環をもたらすような好ましいディマンド・プル・インフレの区別も明確にせず、インフレにさえにすれば景気がよくなるはずなどとする政策などその最たるものですが)、結果のためには手段(=無茶な理由づけ)を選ばず、が国内では通じても国際社会では通じないということが今回のサミットでよくわかったのではないでしょうか。

 結果として発生している経済現象と、それを引き起こす原因とを混同していることが実はアベノミクスが上手くいかない最大の原因でもあります。それがサミットの場を通じて露呈したわけですが、これは安倍総理1人の責任ではなく、こうした経済政策の矛盾や齟齬を積極的に指摘・修正する努力もせず、そのまま放置してきた経済の専門家、国内メディアに重大な責任があるのはもちろん、厳しい言い方ではありますが勉強不足の我々国民サイドにも責任の一端はあると思います。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファなどガザ各地を空爆 少なくとも

ワールド

G7エネ相、35年までの石炭火力廃止で原則合意 3

ビジネス

米ボーイングが起債で100億ドル調達、需要旺盛=関

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ停戦巡り協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story