コラム

ロンドンのインフラ老朽化がもたらした思わぬ発見

2019年04月24日(水)17時40分

即席の歩行者天国に浮き立つ人々

ちょっとした話だが、アルバート橋も別の問題を抱えている。そこには、兵隊が橋を渡る際に「足並みをそろえないように」との注意書きがある。チェルシー兵舎の部隊が橋の上を行進すると「共振効果」で橋が大きく揺れて崩壊する恐れがあったからだ。

ロンドンのトリビアをもう1つ。地下鉄創成期にトンネルを作ったビクトリア朝時代の技術者たちは、座席に座り切れないほど多くの人が乗車して、立たなければならない人が発生する時代が来るなんて想定していなかった。掘削技術が今ほど進んでいなかったこともあって、小さく丸みのある車体に合わせて、彼らは当然ながらトンネルを必要最小限に小さく、丸く作った。そのせいで今となっては、車内は狭苦しくて、背の高い人がドア付近にいるとまっすぐ立つこともできないような事態になった。もちろん、トンネルを広げずに車体だけ大きくしても意味はないし、トンネルを拡張するのはほぼ不可能だ(後の時代に作られた路線は、この教訓が生かされた)。

ハマースミス橋に話を戻そう。僕は昨日、この悲劇的状況を写真に収めようと思い立ち、出かけるついでにもう一度橋に立ち寄った。すると、予想に反してあたりには陽気な雰囲気が漂っていた。普段は橋の狭い歩道で体を縮めてすれ違っている歩行者たちが、この日は橋の真ん中を闊歩していた。彼らは歩道のガードを越えて車道の中央に出られることに気付き、ある種の「ひらめき」の瞬間を味わっているように見えた。即席の「歩行者天国」のようなもので、いつもだったら許されないことができるという、特別な高揚感に包まれていた。

joyce190424-02.jpg

歩行者たちが橋の広い車道の中央に繰り出し、闊歩し始めた(筆者撮影)

人々は立ち止まって橋からの360度の眺めを楽しんでいたし、自転車は彼らをよけて通り過ぎた。僕はすっきりした橋を「内側」から眺めてみて、その美しさに改めて心を打たれた。橋に6つの紋章の装飾がついていたこと、その1つが(なぜだか分からないが)僕の住む町、エセックス州コルチェスターのものだということも、この時に初めて気づいた。あと5つはイギリス、シティ・オブ・ロンドン、シティ・オブ・ウェストミンスター、ケント郡、ミドルセックス郡(今はもう存在しない)の紋章だ。

joyce190424-03.jpg

今まで気づかなかったが橋には6地域の紋章が(筆者撮影)

橋の途中に幅の狭い木製ベンチが設置されていたことも発見した。いつもなら、車が行き交う騒音と悪臭と喧騒のまっただ中でちょっと腰を下ろしてみようなんて、正気の人なら絶対思わないようなところだ。でもこの日、僕はそこに座って夕暮れとテムズ川に浮かぶボートの眺めを楽しんだ。この橋を架けた当時の建設者たちが、人々にそうしてほしいと願ったように。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

TSMC株が6.7%急落、半導体市場の見通し引き下

ワールド

イスラエルがイラン攻撃と関係筋、イスファハン上空に

ビジネス

午後3時のドルは154円前半、中東リスクにらみ乱高

ビジネス

日産、24年3月期業績予想を下方修正 販売台数が見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story