コラム

イギリスで「学生のような(質素な)生活」は、もはや死語?

2019年12月03日(火)15時00分

僕たち世代の誕生日はこれとは程遠い。僕たちはただ、親しい人々を自分の部屋やアパートに招き、みんなが自分の分の酒を持ち寄る。あるいは、パブで集合する。

当時、学生の下宿はとても質素だった。僕の部屋には50ペンスコインを入れると電気が使える電気計器があったことを覚えている。ヒーターをつけるとあっという間に切れてしまうことが分かっていたから、控えめに使った。寒いほうが頭がはっきりするとよく自分に言い聞かせて、勉強中に寒さを我慢したものだ。僕たちは同じ階の8人で2つのバスタブ(シャワーはなし)と2つのトイレを共有していた。3年生の時には、トイレは1つ下の階にしかなくて、夜中に行くにはちょっと厄介だった。

今の学生は、個室にセントラルヒーティングやバス、トイレのユニットがついていて当然だと思っている。「高級学生住宅」は住宅市場で好調な分野だ(これを書いている間にも、僕の家の窓から見えるところにその建設が進んでいる)。

面白いのは、僕たち自身が、どうしようもなく貧乏だとは感じていなかったということ。ごくわずかなもので何とかやっていくのは、シンプルに学生生活の一要素だった。実際に僕は、部屋に白黒の小さなテレビがあるくらいだからまだラッキーだと思っていた(2年生のときに友人数人と一緒に借りた家で、前の住人が残していったものだ)。僕はサンドイッチトースターも持っていて、これは両親がどうせ使わないからと僕に持たせてくれたものだった。これのおかげで僕は友人たちの間で人気者になった。僕の部屋に来れば、2枚の薄切りトーストの間にチーズを少々挟んだホット・スナック(!)がゲットできるからだ。

今の学生たちは、しょっちゅう2~3ポンドするコーヒーをコーヒーチェーン店で気軽に飲んでいる(チェーン店はキャンパス内にも進出していて、僕はびっくりした)。

フェリーで飛行機代を節約

実に奇妙なのは、客観的に言えば、僕の「貧しい」時代は実際のところ、今の学生たちよりずっと、ずっと裕福だったということだ。当時、イギリスの学生は授業料を払わずに済み、ほとんどの学生は地方自治体から生活費補助ももらっていた。僕は全く借金がない状態で卒業した。今の学生たちは法外な料金を払い、平均で5万ポンドの借金を背負って大学を卒業する。

長年僕は、今の学生がどうしてこうした借金に恐れおののかないのだろう、どうして借金を減らす努力をしないんだろう、と不思議に思っていた(まあ、ティーバッグを再利用したところでたいした違いはないことは僕も認めるけれど)。彼らは重い授業料から逃れることはできないが、ライフスタイルを少し変えれば借金を数千ポンド減らすことだってできるはずだ。

それをしないのには数々の理由があるだろうけれど、最近僕は、行動経済学によって新たな洞察を得た。人の見方は、自分が目の当たりにしている数字にシンプルに影響されるのだ(たとえば、①200ポンドの高級ワインも載っているようなワインメニューを見せられた場合と、②一番高いワインが40ポンドのワインメニューを見せられた場合では、客が40ポンドのワインを選ぶ可能性が高いのは、①のほうだろう)。

当時僕は、1年につき約2000ポンドの生活費を受けていた(低所得家庭だったから最大限度額をもらえた)から、この金額が僕の基準枠だった。こじんまりとしたこの金額をもとに考えて、アムステルダムに旅行に行くときも飛行機ではなくフェリーを使って30ポンド節約することは、けっこうな違いに見えた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

内外の諸課題に全力で取り組むことに専念=衆院解散問

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story