コラム

通貨安に動揺しなくていい理由

2022年10月20日(木)12時35分
ロンドンの両替所

ポンドが弱いことはイギリス人にとって「恥」(ロンドンの両替所) HANNAH MCKAY-REUTERS

<強い自国通貨にプライドを持っているイギリス人は最近のポンド安をことさら嫌うが、通貨の動向に過剰反応するのはあまり合理的でない>

市場が必ずしも合理的とは言えない(むしろ人間が合理的とは言えない)ことは誰もが知るところだが、通貨はことさら非合理性を引き付けるようだ。

人々はしばしば通貨に感情的な執着を示す。自国通貨が強いと誇りを感じたり、異常に安くなると落胆したりする。これが中央銀行の金利や長期国債の利回りだったら、そんな感情は抱かない。だから最近のポンド安は、イギリス人にとって「恥」なのだ。

とはいえイギリス人は為替レートがどんな影響を及ぼすかを、しばしば把握していない。もしも株を保有していて株価が上がれば、それは喜ばしいこと。でも通貨高は、多くの国民や自国経済に恩恵ももたらせば損失も生む。

イギリスの人々はポンド高なら休暇に国外で使えるお金が増えるとしか考えないようだが、国外で頻繁に長期間過ごす人はそういないから、あまり意味がなさそうだ。夏のバカンスで10%余計にお金がかかることは、失業率の増加で仕事を失うリスクに比べれば大したことではないし、イギリスではこれまでのところ失業率は問題ない。

為替動向は経済全体に影響するし、個人にもその立場に応じて影響する。自国通貨が弱いと輸出に有利だが輸入品などのインフレにつながる。個人は一方で損しても他方で得しているかもしれないが、ほとんどの人は自分の損得のどちらがどの程度なのか把握していない。

個人的には、僕は実質、ポンド安の勝ち組に当たる。経済実体として僕のやっていることは「輸出産業」だからだ。僕は自分の原稿を主に国外で出版していて、外国通貨で支払いを受けている。でもポンド安は輸入品の食料や必需品の値上がりを意味するから、僕だって大喜びしているわけではない。それに、イギリス経済状況の悪化も懸念している(ポンド安はそれ自体が問題なのではなく、バロメーターだ)。

「円安」を語る日本人にもの申したい

イギリス人はポンドが極端に高くなったり低くなったりすると気にするようだが、年金基金の資産運用でもっと関係が深そうな他の市場動向(債券、株、商業用不動産)には無頓着だろう。実際、危機的なほど高い割合の人々が自分たちの年金基金の財政状況に目を向けていない。

年金規制当局は各資産運用会社に、加入者へ年次報告書を送付して自分の年金が前年にどれだけ増減したか通知するようにさせている。それは(名目上)何千ポンドもの増減に相当する可能性があるのに、人々はバカンスの費用が100ポンド余計にかかるかどうかのほうが興味があるようだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(8日配信記事)-エアビー、第1四半期は増収増

ビジネス

将来の利下げ回数、賃金など次第 FRBに左右されず

ビジネス

米新規失業保険申請23.1万件、予想以上に増加 約

ワールド

イスラエル、戦争の目的達成に必要なことは何でも実施
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 3

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 4

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 5

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「高齢者は粗食にしたほうがよい」は大間違い、肉を…

  • 10

    総選挙大勝、それでも韓国進歩派に走る深い断層線

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story