コラム

「一強」スコットランド首相が失意の電撃辞任した理由

2023年02月20日(月)16時05分
ニコラ・スタージョン

スタージョンは最大の政治目標であるスコットランド独立を実現できずに辞任した(2月15日、エディンバラ) Jane Barlow/Pool via REUTERS

<イギリスからのスコットランド独立を目指し独走してきたニコラ・スタージョン首相は好機を生かせず、余計な政策で墓穴を掘った>

ニコラ・スタージョンの辞任は驚きだった。彼女はスコットランド自治政府の首相であり、スコットランド民族党(SNP)の党首を8年以上にわたって務め、イギリス政治に欠かせない人物と思われていた。その任に就く前から、彼女は長年の間スコットランド政治の確実な後継者だった。

僕は英政治の専門家ぶるつもりはないし、イングランド人は大概、スコットランドについて「何も分かっちゃいない」としょっちゅう言われてきたために、スコットランドに対する見解を述べるのは慎重にならざるを得ない。

だから僕の考察はスコットランド内部関係者としてのものではなく、イングランド人的な視点によるものだ。簡単に言えば、スタージョンは機転の利く有力政治家だったにもかかわらず、彼女の政治キャリアには「どちらかといえば不可」の評価が下った。

最大の政治目標は果たせず

まずは賛辞から始めると、スタージョンは政治家にしてみれば特段嫌われるようなタイプではない。虚栄心が強いような印象もなければ、強欲なようにも信用ならない嘘つきにも見えない。こんなにも長い間公の立場にいる人にしては、明らかな失態を犯したこともあまりなかった。

失態で1つ思いつくのは、前任者でスタージョンの師でもあるアレックス・サモンド前首相が複数の性的暴行疑惑事件で告発された後、スタージョン自身が把握している情報や事件の起こった時期などについて、正確な説明ができなかったことだ。彼女は当初、サモンドから話を聞いたと主張していたが、後になって、実はそれ以前にこの件について報告を受けていたことを「思い出した」などと語った(調査の結果、スタージョンに不正はなかったと結論付けられたが)。

スタージョンの評価で決定的な点は、彼女の最大の政治目標が達成されていないということ――スコットランドの独立だ。これこそが彼女の率いる政党SNPの存在理由。スコットランドでは独立を支持する声は高いが、圧倒的に高いというわけではなく、スタージョン政権下でも独立に向けた大きな進展はなかった。

彼女はスコットランド独立の目標をしっかりと守り続けたと言うこともできるが、厳しめに見れば彼女は2つの「無人ゴール」を最大限活用するのに失敗したと言うこともできるだろう。

ロンドンの保守党政府はスコットランドではひどく不人気だ(ボリス・ジョンソン元首相は典型的なイングランドの上流階級、と軽蔑されていた)。そして、スコットランドの人々はブレグジット(イギリスのEU離脱)国民投票ではEU残留を強く支持して投票したが、英中央政府(とイングランド人が多くを占める離脱派)に敗れた。だからこの2つは、スコットランドの人々にとって、自らの問題について自ら完全な支配権を握るために、スコットランド独立を実現しようと願う最大の動機になるはずだった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story