コラム

関係改善のその先にある日中関係

2015年12月29日(火)20時00分

 指摘しておきたいことは、改善にむけた日中両国政府間の取り組みの先にある2016年の日中関係について、私たちは日中の二国間の関係という議論の枠のなかで考えるべきではない、ということである。もちろん「改善するか否か」は大切な問題ではある。しかし唯一の重要な問題ではない。日中両国の関係を、領土や歴史認識をめぐる問題という視点だけで議論するのではなく、日中関係をアジア太平洋地域の秩序構想をめぐる協力と競争の関係へと発展させてゆく必要がある。日本社会の対中認識は、これまで以上に、豊かな「構想力」のあるものへと広げてゆかなければならない。

 日中両国は、これまでも「構想力」の必要性を、ともに繰り返し確認してきた。1998年に江沢民国家主席が来日した際に日中両国が共同で宣言した「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」や、2006年に安倍総理が訪中した際に発表した「日中共同プレス発表」、2007年に温家宝総理が来日した際の「日中共同プレス発表」、2008年に胡錦濤国家主席が来日した際に発出した「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」は、日中関係を、従来の善隣友好関係の枠を越えて「アジア太平洋地域及び世界の平和、安定、発展に大きな影響力を有し、厳粛な責任を負っている」と確認し、「歴史を直視し、未来に向かい、日中『戦略的互恵関係』の新たな局面を絶えず切り開くことを決意し、将来にわたり、絶えず相互理解を深め、相互信頼を築き、互恵協力を拡大しつつ、日中関係を世界の潮流に沿って方向付け、アジア太平洋及び世界の良き未来を共に創り上げていくことを宣言」していた。もちろん、昨年11月以来の日中関係においても、戦略的互恵関係に従って関係を発展させることを確認し、この認識は継承されている。

 しかし、もはや共同声明を発した2008年の中国と今の中国は大きく異なる。いま中国は東アジアを含めたアジアの未来の国際社会についての構想を次々と提起している。「一帯一路(ワンベルト・ワンロード)イニシアティブ」や「アジアインフラ投資(AIIB)」といった経済協力のプラットフォームの構築を中国は積極的に唱えている。軍事安全保障に関しては「アジアのことはつまるところアジア人民が行い、アジアの問題はつまるところアジア人民が処理し、アジアの安全はつまるところアジア人民が守らなければならない。アジア人民には協力を強化し、アジアの平和と安定を実現する能力も知恵もある」という理念を含む「アジア新安全保障観」の積極的な提唱者と自らを位置付けている。中国は、広く国際社会とともに自国との「運命共同体意識」を形成し、その国際的な発言力と影響力の拡大に努めている。かつてアジア太平洋地域の国際秩序に関する構想は、日本がその構想役と発信役を担ってきた。「福田ドクトリン」や「環太平洋連帯の構想」などがそうだ。

「構想力」で立ち遅れる日本

 もちろん、こうした中国のイニシアティブが実現する可能性を疑問視する議論は少なくない。習近平政権が直面している山積みの国内の諸課題に注目するとき、中国はそうした大戦略を描くことができたとしても、はたして、それを実行する余裕があるのか疑問だという声である。中国国内政治を専門としている筆者も、そうした思いに傾くときもある。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story