コラム

【2+2】米中対立から距離を置く韓国、のめり込む日本

2021年03月22日(月)06時01分

しかしながら、オバマ政権からトランプ政権、そしてバイデン政権への政権交代と、そこにおける極端な姿勢の変化は、関係国にとってアメリカの安全保障政策の継続性に大きな懸念を抱かせる事となった。

この様な経験は、例えば韓国においては、在韓米軍駐留経費を巡るものとして表れた。トランプ政権による前年比5倍という膨大な経費負担の要求は、同政権が要求を満たさない場合の在韓米軍の一部あるいは全ての撤退をも匂わせた事と併せて、韓国政府にとって大きな負担となって表れた。そしてこの3月、韓国政府は新たに発足したバイデン政権との間で、2020年から2025年まで6年間の負担割合を定める新たなる合意にようやく到達した。そして合意の内容は、2020年分については、韓国側負担分は据え置き、2021年には韓国の国防費伸び率等を折り込み13.9%増。つまり、増額を一定の範囲に止めた韓国はトランプ政権期のアメリからの膨大な駐留経費負担要求をかわすことに「成功」した事になる。

重要なのは──それがどの程度計算ずくの結果であったかは別にして──この「成功」が単純に交渉が長引き、その間にアメリカで政権交代が実現した結果であった事である。つまり、オバマ政権からトランプ政権、そしてバイデン政権への交代を通じて韓国が学んだのは、その外交政策が不安定なものとなっている以上、厄介な要求については時間稼ぎをして、アメリカ側の状況が変わるのを待てば良い、という事だった。つまり、アメリカの外交政策の不安定さは、関係諸国に「待つ」という新たな外交交渉のカードを与えた事になる。

小さくなる北東アジアの重要性

そしてここで見落とされてはならないのは、今日の米中対立が、オバマ政権末期とは異なるものへとなりつつある事である。即ち、既に論じた様に、オバマ政権末期の米中対立は南シナ海を中心とする地域における、主として安全保障を巡る問題であった。しかし、現在においては、同じ対立は人権問題や経済問題をも含む、より包括的なものとなりつつある。

人権問題において重要なのは、この間に起こった香港やウイグルを巡る問題であり、アメリカ国内においてもBLM運動に見られるような人権問題への関心が高まりを見せつつある。この様な中、バイデン政権が中国における人権問題を看過できる余地は少なくなりつつある。

経済問題においては、拡大するアメリカの貿易赤字や貿易の公正性を巡る問題があり、事態は「貿易戦争」とまで呼ばれる状況に達している。そしてこの様な状況においては、アメリカにとっての韓国や日本の地位もまた変化することになる。

安全保障が対立の中心であり、またその対立の舞台が東アジアに限定されるなら、ドイツと並んで大規模な在外米軍が駐屯する二つの同盟国は重要な存在となる。しかし、問題が人権や経済にまで展開され、全世界規模に拡大された時、北東アジアの片隅に位置する両国の重要性は、必然的に相対化されることになるからだ。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 5

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 8

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 9

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story