コラム

トランポノミクスの過熱で再来する、アメリカ「双子の赤字」危機

2018年02月24日(土)14時20分

昨年12月に減税法案についてスピーチしたトランプ Kevin Lamarque-REUTERS

<国内支持者向けの大型減税を補う国債増発――プラザ合意前後同様のドル危機が世界を揺るがす>

85年9月22日、ジェームズ・ベーカー米財務長官は日本など4カ国の蔵相をニューヨークのプラザ・ホテルに呼んだ。財政と貿易の「双子の赤字」に苦しむアメリカは各国に協調介入を押し付けた。為替市場の過度な変動を抑えながら、ドルの減価が徐々に進むことを狙ったのだ。

緩やかなドル下落で貿易赤字を縮小。輸出企業からの税収が増えて財政も好転するという狙いだっただろう。しかし市場の投機圧力は爆発し、ドルは円に対して緩やかな下落どころか、2年間で半分に減価した。

これがプラザ合意と呼ばれる、戦後世界経済史上の一大転機だ。アメリカは以後5年間で輸出を倍増。90年代のクリントン政権における好況への道を開いた。

それから30年余り。08年の世界金融危機以来のこの10年間は「米支配の終焉」「資本主義の行き詰まり」などの議論が盛んだった。だが米経済は今や完全雇用に近い活況で、長らく停滞していた賃金水準も上昇を始めた。

ドルレートも高水準。アメリカも資本主義も根強い復活を見せている。このまま人口の増大に合わせてモノとサービスの生産、そしてマネーサプライが緩やかに伸びていけば、世界は極楽のようになるだろう。

しかし18世紀の産業革命以来、バランスの取れた成長などあったためしがない。たいていどこかの誰かが欲をかいて、モノとカネのバランス、あるいはカネの価値に大きく傷をつけて経済を窒息させてしまう。

産業革命以降、欧米諸国の経済は100倍以上の規模に伸びたが、その間に不況は何度もやって来た。

国債で民間の資金が逼迫

今の活況も、わずか数年で断ち切られようとしている。今回欲をかいてバランスを乱しているのは、トランプ米大統領だろう。支持基盤である中西部の失業者に報いるため、過熱寸前の米経済にさらに油を注いでいるからだ。

例えば、10年間で1兆5000億ドル分もの大型減税で投資と消費を刺激するのは悪くない。だがそのために生じる歳入減を1兆ドルにも上る国債の発行で賄おうとしている。これは民間の資金を逼迫させて、長期金利を急上昇させるだろう。トランプ政権はその上、10年間で1兆7000億ドルものインフラ投資に乗り出して、資金逼迫の上塗りをしようとしている。

経済が過熱すれば輸入も増える。今やアメリカの貿易赤字は9年ぶりの高水準。プラザ合意直前とそっくりな「双子の赤字」はドルを大きく毀損するだろう。

プラザ合意のようなことをやってもやらなくても、投機資金はドルから逃避していく。米国債も投げ売りされて値を下げる。それは他の債券にも波及して、金融機関の保有資産は大幅に減価。貸し渋りやデフォルト(債務不履行)が広がって、また不況になりかねない。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story