コラム

韓国では65歳、日本では70歳、定年延長の議論が本格化

2019年07月18日(木)13時00分

今回の改正案では、企業が労働者を同じ企業で継続して雇用することを義務化した上記の三つの選択肢に加えて、社外でも就労機会が得られるように、4)他企業への再雇用支援、5)フリーランスで働くための資金提供、6)起業支援、7)NPO活動などへの資金提供という項目を追加した。定年延長による人件費増を懸念する企業にも配慮した措置だと言える。

そもそも日本政府が高齢者の雇用確保措置を義務化した最大の理由は、公的年金の支給開始年齢を段階的に引き上げたからである。しかしながら、企業の措置内容を見ると、「定年制の廃止」や「定年の引上げ」という措置を実施した企業の割合は合わせて2割程度に過ぎず、8割に近い企業が「継続雇用制度」を導入している。

企業が主に「継続雇用制度」を導入している背景には、「年功序列型賃金制度」に基づく人件費負担が大きくなることがある。多くの企業は一旦、雇用契約を終了させ、新しい労働条件で労働者を再雇用する「継続雇用制度」を選択している。

60歳を境に正社員としての身分が失われ、嘱託やパート・アルバイトなど非正規型の雇用形態に変わるケースが多い。このため、高齢者の賃金水準が定年前に比べて大きく低下し、場合によっては、本人の貢献度よりも低い賃金を受け取っている可能性も高い。

働き続けても生活の質は上がらない

こうしたことは、高齢者の働く意欲の低下を招くとともに、職場の生産性にも少なからず影響を及ぼしていることが懸念される。改正高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行されたことにより、高年齢者がより長く労働市場で活躍することになったものの、低い賃金水準ゆえに、労働市場に長く参加していることが、必ずしも高齢者の生活の質を高めたとは言えないのが現状である。

定年後研究所が定年制度のある企業に勤務している40代・50代男女、および、定年制度のある企業に勤務し60歳以降も働いている60代前半男女、合計516人を対象に実施したアンケート調査(2019年6月4日)によると、「70歳定年」(70歳定年あるいは雇用延長)について「とまどい・困惑を感じる」(38.2%)や「歓迎できない」(19.2%)と回答した、「アンチ歓迎派」は57.4%で、「歓迎する」と回答した「歓迎派」の42.6%を上回った。

「とまどい・困惑を感じる」最も大きな理由としては「収入が得られる期間が延びてよいが、その分長く仕事をしなければならないから」(65.5%)が、また「歓迎できない」最も大きな理由としては「自分としては60歳あるいは65歳以降は働きたくないから」(65.7%)が挙げられた。年金の給付を含めた老後の収入さえ確保できれば、労働者の多くは60歳あるいは65歳定年を迎えて労働市場から離れ、余暇を楽しみたいと考えているのだろう。

図表2 「70歳定年」に対する意見
70retire_190718.png
資料)定年後研究所(2019)「70歳定年に関する調査」

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド東部で4月の最高気温更新、熱波で9人死亡 総

ビジネス

国債買入の調整は時間かけて、能動的な政策手段とせず

ビジネス

カナダ中銀、利下げ「近づく」と総裁 物価安定の進展

ワールド

トランプ氏、コロンビア大のデモ隊強制排除でNY市警
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story