コラム

EU離脱合意を英下院が大差で否決 「合意なき離脱」に突き進む強硬離脱派の本能

2019年01月16日(水)14時00分

「EUに支払う390億ポンド(約5兆4400億円)の離脱清算金があれば2万6000人の看護師を40年間雇える」と皮肉る英保守党の強硬離脱派で『フル・イングリッシュ・ブレグジット』の著者、ジェームズ・グレイ下院議員が採決の前日、講演したので質問した。

グレイ氏は下院採決時に党の方針を議員に伝える「ウィップ」と呼ばれる役割を務めた経験がある。「下院は少なくとも20のグループに分かれている」とウェストミンスター(英議会)力学の複雑さを強調する。

gensen2.jpg

強硬離脱派のジェームズ・グレイ下院議員(筆者撮影)

――もしバックストップに1年の期限が付いたら、強硬離脱派は受け入れるか

「バックストップが1年の期限付きなら良いことだ。次の通商交渉になってEU側に引き延ばしのインセンティブが働いたら、バックストップが障害になって英国は他の国と独自の貿易協定を結べなくなる」

「北アイルランドと英本土間のアイリッシュ海に通関手続きが発生したら、英国の連合が崩れる。バックストップの設計は非常にまずい」

――「合意なき離脱」は英国に進出する日系企業にとって大惨事になる恐れがあるが

「掃除機やヘアドライヤーの英家電大手ダイソンは東南アジアで生産した製品を世界貿易機関(WTO)のルールに基づいてEUに輸出しているが、政府間協定がなくても支障はないと言っている」

国際通貨基金(IMF)も、英中央銀行・イングランド銀行も「合意なき離脱」でEUとの貿易がWTOルールに基づいて行われるようになった場合、英国の国内総生産(GDP)は5~8%縮小すると警告している。

しかしグレイ氏は「私はエコノミストではない。あくまで私の本能だが、EUとの貿易は横ばい、それ以外の地域との貿易はもっと増える。ブレグジットより心配なのは米中貿易戦争だ」と開き直った。

「ローマ帝国も、大英帝国もすべての帝国は崩壊した。1つの政府が異なる民族を束ねるのには無理があるからだ」とEU崩壊までにおわせた。

ギリシャからイタリア、フランスへと広がってきたノン・エリートの怨嗟を目の当たりにしてきた筆者は、EU残留は英国にとっての最適解ではないと確信する。

しかし「合意なき離脱」は英国を自己破壊に導くだろう。EUが非妥協的な姿勢を貫けば、英国とEUは相互破壊の道を突き進むリスクが大きく膨らんでくる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story